プルタルコス
Plutarch
ギリシア語 · 科学・哲学 · 哲学・自然哲学・倫理学 · 哲学・自然哲学・倫理学; 散文・その他文芸 · 助言・訓戒
81 作品 · 45,879 対訳文
『隠れて生きよ』について
"Is the Saying ""Live in Obscurity"" Right?"本作は、エピクロス派の高名な格言「隠れて生きよ」(ラーテ・ビオーサス)の是非を問い、その思想を徹底的に批判する哲学的小品です。著者は、この格言を唱えた者自身が実は名声を求めていた矛盾を指摘し、人間の悪徳は隠蔽するのではなく表に出して治療すべきであると主張します。さらに、美徳や優れた能力は、隠遁生活の中ではなく、積極的な社会活動と他者との関わりの中でこそ真価を発揮すると説かれます。著者は、夜の闇と太陽の光を対比させ、光のもとでの認識と活動こそが魂を活性化させるものであると論じます。最終的に、生命の目的は認識にあり、魂の本質は光であるとされ、敬虔に生きて活動した者には死後の光り輝く生が、不活動と不義に甘んじた者には永劫の闇と消滅が待つという結末に至ります。
科学・哲学3 チャンク · §1-3–§6-7251 対訳文読む →哲学者はとくに権力者と語り合うべきことについて
A Philosopher Ought to Converse Especially with Men in Power本作は、哲学者が社会の有力者や支配者と積極的に交わることの意義と有益性を論じた倫理的・政治的な作品です。哲学の真の目的は、個人の隠遁的な平穏を追求することではなく、社会全体に美徳と善益を広げることにあると主張されます。著者は、内なる理性と外に発せられる理性の双方が人々の間に「親愛」を築くためにあるとし、政治家との交わりにおいて名声に惑わされない賢者の正しい態度を提示します。さらに、支配者を教え導くことは、単なる個人の魂を救うことにとどまらず、国家の制度全体を正して万人に善を施す公的かつ創造的な活動であるとされます。指導者の魂に刻まれた哲学の教えが法として結実するとき、哲学者は最も深い喜びを味わうという結論に至ります。
科学・哲学3 チャンク · §1–§3-4240 対訳文読む →結婚訓
Advice to Bride and Groom本作は、新婚の夫婦が調和に満ちた幸福な結婚生活を送るための実践的な心得を説いた教訓的な散文作品です。著者は結婚を迎えたばかりの若い男女に向けて、数々の歴史的な逸話、イソップ寓話、自然界の比喩を引きながら、夫婦が一体となるための知恵を授けます。議論の序盤では、新婚期の小さな不和を克服し、感情や意志を共有して調和を築く重要性が説かれます。中盤では、妻が虚栄や贅沢を避け、慎み深さや内面の美徳を磨くこと、また夫婦が財産や交友関係を完全に共有し、日々の怒りや対立をどのように避けるべきかが具体的に論じられます。終盤では、夫が妻に哲学や学問を教え、知的な教育を通じて互いの徳を高め合うことが、真に永続する絆をもたらすと結論づけられます。
散文・その他文芸7 チャンク · §0-8–§47-48651 対訳文読む →もの言えぬ動物が理性を用いることについて
Beasts Are Rational本作は、人間と動物(野獣)のどちらがより徳や理性において優れているかを、ユーモラスな対話形式で検証する哲学的な作品です。魔女キルケの島を舞台に、英雄オデュッセウスと、魔法で豚に変えられたギリシア人のグリュロス(Gryllos)との間で対話が交わされます。人間に戻ることを拒むグリュロスは、動物の生の優越性を「徳」の観点から主張し始めます。彼は、動物の勇気が偽りのない本質的なものであることや、余計な欲望に惑わされない優れた「節制」を備えていることを挙げ、人間の虚栄や不自然な執着を鋭く批判します。さらに、動物たちが天性の知恵を持ち、高度な学習能力や自己治療の技術を備えていることを示して、動物に理性がないとするオデュッセウスの前提に反論します。人間中心主義的な知の序列をユーモラスに逆転させ、真の理性と自然な生のあり方を問いかける作品です。
科学・哲学8 チャンク · §1–§9-10697 対訳文読む →徳は教えられるか
Can Virtue Be Taught?本作は、「徳(アレテー)」が教えられうるものであるかという古代哲学の根本的な問題を扱う短い論説である。著者は、靴作りや料理などの日常的な技術や、些細な作法でさえも学習と訓練が必要とされる事実を指摘する。それに対して、人生において最も重要な「良く生きること」や「徳」が、何ら学習を必要とせず自然に備わるかのように見なされている矛盾を鋭く批判する。議論の過程では、様々な歴史的逸話や具体的な例えが用いられ、他のあらゆる技術以上に徳こそが教育されるべきものであることが示される。最終的に、人間が善く生きるためには魂の教育と訓練が不可欠であることを説き、徳の学習可能性を強く肯定して締めくくられる。
科学・哲学1 チャンク · §1-3138 対訳文読む →自然学的諸問題
Causes of Natural Phenomena本作は、自然界に生じる多様な現象に関する具体的な疑問に対し、物理的・生物学的・環境的な観点から仮説を提示して原因を究明する自然学の著作です。問いと答えの形式を用いて、全39のセクションにわたり様々な自然現象が検討されます。序盤では、植物に対する海水や雨水の影響、家畜と塩の関係、雷雨が種子を育てる理由など、農業や気象に関連する身近な問いが扱われます。中盤では、海洋の物理的特性や、タコの擬態における皮膚の微粒子捕捉、熊や猟犬などの動物の生態や生理現象へと議論が展開します。終盤では、天候や季節が狩猟に与える影響や植物の物理的な成長原理、さらには蜜蜂の行動や水の色彩変化に至るまで、多岐にわたる謎が考察されます。経験的な観察と当時の自然学的な理論を組み合わせ、自然界の秩序を合理的に説明しようとする探求のプロセスが示されています。
科学・哲学9 チャンク · §1-2–§34-391,023 対訳文読む →アリストパネスとメナンドロスの比較論概要
Comparison Between Aristophanes and Menander本作は、古代ギリシアを代表する二人の喜劇作家、アリストパネスとメナンドロスの作風と文学的価値を対比的に評価した批評作品である。著者はまず、両者の言葉遣いや表現スタイルを比較し、アリストパネスの表現が一貫性を欠き、登場人物の属性を無視していると批判する。それに対して、メナンドロスの言葉は調和が取れており、普遍的な表現力を備えていると絶賛する。さらに、アリストパネスの詩風を大衆にも知識人にも受け入れられない粗野なもの、かつ悪意に満ちたものとして退ける。一方、メナンドロスの作品には普遍的な優美さと神聖で洗練された機知があり、劇場や饗宴において人々の精神を癒やす力があると論じる。本作は、二人の対比を通じて、真に洗練された喜劇のあり方を明らかにしている。
科学・哲学2 チャンク · §1-2–§3-4124 対訳文読む →アゲシラオスとポンペイウスの比較
Comparison of Agesilaus and Pompey本作は、スパルタの王アゲシラオスとローマの将軍ポンペイウスの生涯と実績を対比した比較論です。著者は、権力獲得の正当性、恩義に対する態度、不義行為の動機の三つの観点から両者の相違を分析します。アゲシラオスが神託を巡る問題の中でも祖国への強い忠誠心を示したのに対し、ポンペイウスの法を軽視する姿勢が対比されます。さらに軍事面においては、常に無敗を保ったアゲシラオスの優れた戦略的判断力と、部下の意見に流されて無謀な決戦に挑み破滅したポンペイウスの危機管理能力の欠如が批判的に検証されます。最後に、両者がそれぞれエジプトへ赴いた動機とそこでの顛末を対比し、両雄の生涯の優劣を総括しています。
歴史・地理5 チャンク · §1.1-1.4–§5.1167 対訳文読む →アギス/クレオメネスとグラックス兄弟の比較
Comparison of Agis and Cleomenes and the Gracchi Brothers本作は、ギリシア・スパルタの改革者であるアギスおよびクレオメネスと、ローマの改革者であるグラックス兄弟(ティベリウスとガイウス)の生涯を比較する対比列伝の「比較」部分です。著者はまず、彼らの天賦の資質、育った環境、金銭に対する態度について並列的な比較を行います。続いて、祖伝の法に基づきギリシア全体に影響を与えたスパルタの根本的な改革と、ローマの改革の規模や性質を比較します。また、軍事的な業績やそれぞれの最期のあり方を対比し、スパルタの王たちの自決とグラックス兄弟の市民との戦闘における死を論じます。さらに、アギスの消極性やクレオメネスの暴力性と、グラックス兄弟の内紛を避けようとした慎重な姿勢を対照的に評価します。最終的に、徳においてはティベリウスが、過失の少なさにおいてはアギスが、実行力と大胆さにおいてはクレオメネスが優れていたと総括します。
歴史・地理5 チャンク · §1.1-1.4–§5.1-5.6146 対訳文読む →アルキビアデスとコリオラヌスの比較
Comparison of Alcibiades and Coriolanus本書は、古代ギリシアの政治家アルキビアデスと、古代ローマの将軍ガイウス・マルキウス・コリオラヌスの生涯と性格を対比した比較論です。著者は二人の卓越した軍実に富む才能を認めつつも、民衆に対する彼らの対照的かつ問題のある政治的態度に着目します。議論は、欺瞞や怒りといった個人の動機、亡命先での身の処し方、さらには金銭や名誉に対する姿勢へと及びます。人当たりが良く説得力に富むものの私欲に流されたアルキビアデスと、金銭に対して極めて厳格で克己心に富む一方で非妥協的な態度から悲劇を招いたマルキウスの対比が鮮やかに描かれます。最終的に、二人の性格の違いが市民からの評価や彼らの政治的運命の明暗を分けたことが示されます。
歴史・地理5 チャンク · §1.1-1.4–§5.1-5.2176 対訳文読む →アリステイデスと大カトーの比較
Comparison of Aristides and Cato the Elder本作は、古代ギリシア・アテナイの政治家アリステイデスと、古代ローマの大カト(Cato the Elder)の生涯と徳性を対比した、プルタルコスによる比較の作品です。二人が無名の身から自らの徳と能力によって頭角を現した共通点を起点とし、彼らが活躍した社会状況や政治的ライバルの違いを検証します。軍事面においては、ペルシア戦争で大きな功績を残し無私を貫いたアリステイデスと、個人の武功や類稀な雄弁で政敵と戦ったカトの姿勢が対比されます。また家政や富に対する態度も議論の的となり、アリステイデスの自発的な極貧による自足と、カトの家計管理への執着や質素さをめぐる自己矛盾、さらには晩年の不相応な結婚が評価されます。最終的に、政治的偉業と個人的な節制という異なる観点から、両者の生涯と人間性を浮き彫りにしています。
歴史・地理6 チャンク · §1.1-1.4–§6.1-6.2226 対訳文読む →キモンとルクルスの比較
Comparison of Cimon and Lucullus本書は、古代ギリシアの政治家・将軍キモンと、古代ローマの将軍ルクッルスの生涯を対比し、その優劣を論じた比較論(シンクリシス)である。著者はまず、両者が祖国の自由が保たれた中で最期を迎えた共通性を挙げつつ、若年期から晩年にかけての生き方の変化や、富の用い方、特にルクッルスの引退後の贅沢な快楽主義について議論する。続いて軍事的な業績に焦点を当て、キモンが一日のうちに陸海両戦で勝利した輝かしい功績や、部下の統率力における違い、アジア征服が未完に終わった経緯を比較する。一方で、ルクッルスが対峙した敵の強力さや遠征の規模、敵に与えた打撃の決定的な性質がキモンを凌駕していたことも指摘される。最後に、双方の長所と短所が入り混じる中での総合的な判定の難しさを提示して、議論を締めくくっている。
歴史・地理3 チャンク · §1.1-1.7–§3.1-3.6165 対訳文読む →デメトリオスとアントニウスの比較
Comparison of Demetrius and Antony本作は、ヘレニズム期の君主デメトリオス1世とローマの将軍マルクス・アントニウスという二人の歴史的人物について、その功績と人間性を対比・評価する比較論である。まず、デメトリオスが父の基盤を継いだのに対し、アントニウスは自力で台頭したという勢力確立のプロセスの違いから議論が始まる。続いて支配の方針における善悪、すなわちデメトリオスによるギリシアの解放と、アントニウスによるローマの自由の抑圧が対比される。さらに、私生活における享楽への態度や婚姻関係が比較され、特にアントニウスがクレオパトラに溺れて軍務を怠った点や、デメトリオスの放蕩が他者を害した点が浮き彫りにされる。最後に、味方に離反されたデメトリオスと自ら味方を遺棄したアントニウスという失脚の原因の違い、そして死のあり方を対比し、両者の徳と不徳の最終的な評価を下している。
歴史・地理6 チャンク · §1.1-1.3–§6.1-6.2139 対訳文読む →デモステネスとキケロの比較
Comparison of Demosthenes with Cicero本作は、古代ギリシアの偉大な弁論家デモステネスと、共和政ローマの政治家・文筆家キケロの生涯と人品を詳細に比較した対比列伝の結びの論考です。著者はまず、両者の弁論における能力や文体の違いに焦点を当て、デモステネスの真剣さとキケロの滑稽さや博学さを対比します。続いて自己表現の姿勢が取り上げられ、自己賛美に耽るキケロと、謙虚さを保ったデモステネスの違いが浮き彫りにされます。さらに、政治的能力や金銭に対する態度が比較され、キケロの清廉潔白さに対して、デモステネスの金銭的スキャンダルが指摘されます。最後に、二人の亡命時における活動の差異や、対照的な最期の瞬間(デモステネスの気高き服毒死とキケロの哀れな死)を描き、両雄の生涯を総括しています。
歴史・地理5 チャンク · §1.1-1.6–§5.1133 対訳文読む →ディオンとブルトゥスの比較
Comparison of Dion and Brutus本作は、シケリアの僭主を打倒したディオンと、ローマの独裁官カエサルを暗殺したブルトゥスという、共和政の自由のために戦った二人の指導者の生涯と偉業を対比・評価する論考です。著者はまず挙兵の前提条件を比較し、自費を投じて自発的に起ち上がったディオンと、周囲に促されて参画したブルトゥスの違いを指摘します。しかし、打倒すべき対象の強大さにおいては、凡庸な僭主ディオニュシオスに挑んだディオンに対し、強大な権力を誇りその死が惜しまれたカエサルに立ち向かったブルトゥスの力量を称賛します。また、両者の性格や目的の純粋性、軍事的判断力も比較され、最終的に敵からも敬意を払われ続けたブルトゥスの人物像が際立たされます。死後の評判や、後継者オクタウィアヌスがブルトゥスの彫像を保護した寛大な逸話を通して、二人の偉業と徳性が総括されます。
歴史・地理5 チャンク · §1.1-1.7–§5.1-5.4149 対訳文読む →リュクルゴスとヌマの比較
Comparison of Lycurgus and Numa本作は、スパルタの伝説的な立法者リュクルゴスと、ローマの第二代王ヌマ・ポンピリウスという二人の古代の偉大な統治者を多角的に対比・評価する作品である。両者の生涯に続き、国制の相違が統治スタイルや市民へのアプローチ、奴隷制度への姿勢を通じて浮き彫りにされる。さらに、リュクルゴスが徹底した平等を敷いたのに対し、ヌマが不平等を温存したという、軍事・経済・社会秩序における制度の違いが分析される。婚姻制度や女性の社会的役割におけるアプローチの差、そして国家主導の若者教育の有無が、後の国家の運命に与えた影響も検証される。最終的に、ヌマが説得と知恵によって平和な統治を確立した偉大さを称えつつ、両者の功績と限界が総合的に評価される。
歴史・地理4 チャンク · §1.1-1.5–§4.1-4.8234 対訳文読む →リュサンドロスとスラの比較
Comparison of Lysander and Sulla本作は、古代ギリシアのスパルタの将軍リュサンドロスと、古代ローマの独裁官スッラの生涯と資質を対比した比較論です。著者は、無一文から身を起こして偉大になった両者の共通点を出発点とし、権力獲得のプロセスや支配の手法における決定的な違いを検証します。リュサンドロスが合法的な説得による制度改革を志したのに対し、スッラは軍事力と暴力を背景に恐怖政治を敷いたことが対比されます。また、私生活では厳格ながら国家に富を持ち込みスパルタを堕落させたリュサンドロスと、自らは贅沢に耽りながらも市民に厳しい法律を課したスッラという、金銭や快楽に対する対照的な姿勢も描かれます。さらに、軍事的な功績や敵の強大さ、逆境における態度などを精査し、最終的にはアテナイに対する戦後処理の寛大さなどを含め、両者の人物像の長所と短所を多角的に浮き彫りにしています。
歴史・地理5 チャンク · §1.1-1.4–§5.1-5.5199 対訳文読む →ニキアスとクラッススの比較
Comparison of Nicias and Crassus本作は、アテナイの将軍ニキアスと、ローマの富豪・政治家クラッススという二人の著名な指導者を対比し、その性格や事績、最期を多角的に評価する比較論です。まず、両者の富の獲得方法と支出のあり方を比較し、ニキアスの手堅さと、クラッススの派手な公共支出の規模を対照させます。政治的活動においては、慎重だが時に臆病とされるニキアスがもたらした平和への貢献と、暴力的でありながらも強大な敵に立ち向かったクラッススの気概を対比します。また、国家に対する責任の面では、ニキアスが保身から無能な人物に軍事指揮権を譲ったことと、クラッススが野心から無謀な戦争を主導して市民を巻き込んだことの双方を批判的に検証します。最後に、無謀なパルティア遠征に挑んで騙し討ちで没したクラッススと、シケリア遠征を避けようとしながらも最終的に悲惨な最期を遂げたニキアスを比較し、それぞれの軍事的決断と破滅の軌跡を明らかにしています。
歴史・地理5 チャンク · §1.1-1.4–§5.1-5.2200 対訳文読む →ペロピダスとマルケルスの比較
Comparison of Pelopidas and Marcellus本作は、テーバイの将軍ペロピダスとローマの将軍マルケルスの生涯を対比し、両者の品性と軍事的な功績を評価する比較論です。著者はまず、二人の品性や戦功を比較し、特に強敵ハンニバルに立ち向かってローマ軍の闘志を再興したマルケルスの貢献を解説します。続いて、ペロピダスの無敗の戦績と、マルケルスの数多くの勝利やシラクサ攻略といった偉大な業績を対比し、それぞれの功績の独自性を検証します。最後に、二人の将軍に共通する無謀な死に方を批判しつつ、敵に看取られたマルケルスと、同盟者に葬られたペロピダスという、最期と死後の違いを論じます。このようにして、英雄としての偉大さと指導者としての責任のあり方を浮き彫りにしています。
歴史・地理3 チャンク · §1.1-1.7–§3.1-3.6126 対訳文読む →ペリクレスとファビウス・マクシムスの比較
Comparison of Pericles and Fabius Maximus本書は、アテナイの全盛期を築いた政治家ペリクレスと、第2次ポエニ戦争の危機からローマを救った将軍ファビウス・マクシムスの功績と品性を対比する論考です。まず、順境のアテナイを率いたペリクレスと、国家存亡の危機にあったローマを支えたファビウスという、それぞれの置かれた状況の違いと統治の困難さが示されます。続く軍事面の比較では、攻略した都市や戦勝記念碑の数、ミヌキウス救出などの功績に加え、戦術上の過失や、将来の戦争に対する予測の正否が厳しく吟味されます。さらに、ペリクレスの開戦責任とファビウスの寛大さ、金銭に対する両者の清廉さの違いが議論されます。最終的に、アテナイを壮麗な建造物で飾ったペリクレスの偉業にも触れつつ、偉大な二人の指導者の美徳と欠点が多角的に浮き彫りにされます。
歴史・地理3 チャンク · §1.1-1.4–§3.1-3.5122 対訳文読む →ピロポイメンとティトゥスの比較
Comparison of Philopoemen and Titus本作は、ギリシアの将軍フィロポイメンとローマの将軍ティトゥス・フラミニヌスの生涯と功績を対比した、プルトゥコスによる比較論である。著者は両者がギリシアに果たした貢献、戦いにおける犠牲、性格の欠点、そしてそれぞれの最期のあり方を多角的に検証する。軍事面において、フィロポイメンは衰退期にあったギリシアで自ら兵制を再建し、数々の勝利を収めた独自の功績が称えられる。一方でティトゥスは、ローマの既存の強力な軍事制度に依拠し、個人の武勇よりも外交や制度を通じた正義の実現において優れた役割を果たしたとされる。最終的に、著者はフィロポイメンに優れた軍事指導者としての栄誉を、ティトゥスに正義と公正さの栄誉をそれぞれ授けることで、両者の美徳を称えつつ比較を締めくくっている。
歴史・地理3 チャンク · §1.1-1.3–§3.1-3.3103 対訳文読む →セルトリウスとエウメネスの比較
Comparison of Sertorius and Eumenes本作は、古代ローマの将軍セルトリウスと、アレクサンドロス大王に仕えたギリシア人の将軍エウメネスの生涯と功績を対比・評価する短い比較論である。ともに本来の母国とは異なる地で「異邦人」として大軍を率い、優れた軍実に裏打ちされた才覚を発揮したという共通点から議論が始まる。しかし、支配権を獲得したプロセスや、支持者たちが彼らに従った動機には明確な相違があったとされる。また、性格においては、戦争を好んで自発的に戦ったエウメネスに対し、セルトリウスは平和を愛しながらも身の安全のために不本意ながら戦い続けたと分析される。最終的に、裏切りに遭いながらも尊厳を保って世を去ったセルトリウスと、捕虜となって命乞いをしたエウメネスの最期の姿勢を対比し、両者の人物像の違いを結論づけている。
歴史・地理2 チャンク · §1.1-1.3–§2.1-2.471 対訳文読む →ソロンとプブリコラの比較
Comparison of Solon and Publicola本篇は、古代アテナイの立法者ソロンと、古代ローマの共和政の創設者の一人プブリコラの生涯と実績を対比した比較伝記です。まず著者は、ソロン自身が提示した「幸福」の定義に、皮肉にもプブリコラの生涯(子孫の繁栄や美しき最期、富の用い方など)のほうがより深く合致していたことを指摘します。続いて、両者の政治的功績に焦点が当てられ、ソロンによる負債免除や国制の樹立と、プブリコラによる王政打倒および民主的な制度設計が比較されます。さらに、ソロンの国政が短命に終わり僭主の出現を許したのに対し、プブリコラの築いた国政が長く維持され強固な基盤となったことが述べられます。最後に、軍事的功績や外交的才覚の観点からも両者の優劣が検証され、共和政ローマの守護者としてのプブリコラの優れた実績が強調されて締めくくられます。
歴史・地理4 チャンク · §1.1-1.5–§4.1-4.4170 対訳文読む →テセウスとロムルスの比較
Comparison of Theseus and Romulus本書は、アテナイの伝説的英雄テセウスと、ローマの建国者ロムルスの生涯と功績を直接対比し、その優劣を論じた比較論考である。著者は、クレタ島の怪物退治に自ら赴いたテセウスの無私で勇敢な決断を称賛する一方、何もない状態から偉大な国家を築き上げたロムルスの建国者としての卓越性を高く評価する。また、両者が辿った政治的運命に焦点を当て、テセウスが民主化に傾き、ロムルスが専制化に走るという、異なる方向で支配者の正道から逸脱したことを指摘する。さらに、肉親への不注意や暴力が招いた悲劇、女性の略奪という共通の行為の動機、そして彼らの出自にまつわる神の加護の有無を綿密に対比する。本書は、歴史上の二大建国英雄の光と影を浮き彫りにし、支配者の資質と国家形成のあり方を鋭く問いかけている。
歴史・地理6 チャンク · §1.1-1.5–§6.1-6.5187 対訳文読む →ティモレオンとアエミリウス・パウルスの比較
Comparison of Timoleon with Aemilius Paulus本作は、ローマの将軍アエミリウス・パウルスと、シラクサを解放したギリシアの将帥ティモレオンという、二人の偉大な指導者の生涯と徳性を対比させた比較論です。両者はともに、強力な敵に勝利して国家や地域を解放したという共通の偉業を持ちます。著者はまず、彼らが直面した敵の勢力や、率いた軍勢の質といった軍事的な背景の相違点を分析し、それぞれの功績の価値を検証します。続いて、法への服従、私欲のなさ、そして過酷な運命に対する耐性といった、個人の徳性と自己抑制の観点から両者を比較します。アエミリウスの高潔さと不屈の精神、ティモレオンの状況への適応や情念への反応を対比することで、二人の英雄の人間像を浮き彫りにしています。
歴史・地理2 チャンク · §1.1-1.5–§2.1-2.1281 対訳文読む →妻への慰めの手紙
Consolation to His Wife本作は、幼い娘を亡くした悲しみに暮れる妻に対し、夫である著者が送った慰めの書簡です。著者は、愛娘の死を深く悼みつつも、過度な悲嘆に溺れることなく自制を保つよう妻に促します。過去の不幸においても示された妻の気高さや節度を讃えながら、悲しみを心に定着させないこと、そして心身の調和を保つことの重要性が説かれます。さらに、周囲の人々による無用な同情や干渉を退け、これまでに与えられた娘との幸福な時間に感謝すべきだと主張します。最終的に、幼くして世を去った純真な魂は肉体の束縛を受けることなく、より神聖な領域へと移行したのであるから過度に嘆く必要はないと結び、悲しみを超えた平穏を提示します。
散文・その他文芸4 チャンク · §1-4–§9-11356 対訳文読む →ギリシア・ローマ対比史話集
Greek and Roman Parallel Stories本作は、ギリシアの神話や歴史における出来事と、それに類似するローマおよびイタリアの歴史的伝承を対比して並置した説話集です。著者は、両世界の出来事の共通性を示すことで、古代の歴史的事件の信憑性を補強することを意図しています。叙述はテーマごとに展開し、前半では英雄の壮絶な死や自己犠牲、国家への裏切りといった政治的・軍事的なエピソードが紹介されます。中盤にかけては、禁断の愛や不貞に起因する家族内の悲劇、嫉妬や強欲による親族殺しなど、より個人的で倫理的なドラマへと焦点が移ります。最終盤には、凄惨な復讐劇や残虐な支配者の末路、そして都市の創建や神格化の起源が語られ、ギリシアとローマの精神的・文化的な並行性が鮮やかに浮き彫りにされます。
歴史・地理9 チャンク · §intro-3–§37-411,397 対訳文読む →ギリシア習俗問答
Greek Questions本作は、古代ギリシアの様々な都市や地域に伝わる、特異な慣習、宗教儀礼、官職、地名、諺などの起源(アイティア)を、歴史的・神話的なエピソードを交えて探究する著作である。対話篇ではなく、59の具体的な「問い」に対してその由来を解説する形式をとっている。叙述はエピダウロスやクニドスなどの地方自治の特異な名称に始まり、中盤ではデルポイの祭りや各地の移民伝説、メガラの民主政下の社会制度、さらにはアルカディアの禁足地にまつわる奇妙な伝承へと及ぶ。後半では、各地の神殿の女性禁制や、サモス島、コス島における風変わりな祭儀、そして政変から生じた地名などが紹介される。全編を通じて、一見すると不条理で奇妙な慣習の背後にある歴史的事実や神話的起源を明らかにすることで、古代ギリシア世界の多様な文化の古層を浮き彫りにしている。
科学・哲学12 チャンク · §1-9–§57-591,305 対訳文読む →いかにしてみずからの徳の進歩に気づきうるか
How a Man May Become Aware of His Progress in Virtue本作は、人間が倫理的・哲学的な「徳(アレテー)」においてどのように進歩し、それを自ら自覚できるかという具体的な基準を提示する実践的な道徳論である。著者は、すべての人間を同等の悪徳の中に置くストア派の極端な説を批判し、徳の獲得が日々の継続的な理性の働きによって漸進的に達成され、かつ自覚可能であることを主張する。議論は、他人の評判や空虚な弁論への関心を捨て、内省的な対話や自己の品格向上へと向かう内面の変化に焦点を当てる。さらに、過ちを素直に認める態度や、夢の中でも理性を保てること、他者の善行を模倣しようとする熱意(ゼーロス)が真の進歩の兆候として挙げられる。最終的に、偉大な先人を敬ってその生き方を模倣し、日常の細かな過ちに対しても妥協せず自己を管理する姿勢こそが、確固たる徳に至る道であると結ばれる。
科学・哲学10 チャンク · §1–§15-17637 対訳文読む →いかに敵から利益を得るか
How to Profit by One's Enemies本書は、人間関係において避けがたい「敵」の存在を、自己の道徳的成長と人格形成のためにいかに活用すべきかを論じた倫理的論説です。著者はコルネリウス・プルケルに対し、野生動物や自然現象を利用するのと同じように、敵対関係をも自らの糧とする知恵を説きます。議論の核心は、敵が常に自分を監視しているという緊張感こそが、自制心を養い、非難の余地のない生活を送る強力な動機になるという点にあります。さらに、敵からの不当な非難を自己省察の機会とし、怒りや罵りに対して沈黙を守ることで、より高次の自己訓練と寛大さを獲得できると主張されます。最終的に、人間の内なる嫉妬や闘争心を敵に向けることで身内との不和を避け、敵の失態を反面教師としながら真の公正さと徳を追求することが推奨されます。敵を排除すべき存在としてではなく、自己の徳を高めるための最良の訓練台として捉え直す視点を提供する作品です。
科学・哲学6 チャンク · §1-2–§10-11529 対訳文読む →スパルタ人たちの古代の慣習
Institutions of the Spartans本作は、古代ギリシアの都市国家スパルタにおける独特な社会制度、教育体系、そして日常生活の習慣を包括的に描いた作品です。前半では、有名な共同食堂における厳格な規則や「黒スープ」にまつわる逸話、そして青少年に課された過酷な身体訓練や教育、独自の食事制限の利点が詳細に語られます。中盤では、音楽や歌の重要性、古代の掟を厳格に守る姿勢、さらに埋葬や外国旅行に関する厳しい規制、市民同士の共有関係といった社会習慣が紹介されます。後半では、演劇の禁止やヘイロテス(隷属民)の労働による市民の余暇創出といった、徹底的な規律維持の制度が説明されます。しかし最終的には、富の流入と立法の形骸化に伴うスパルタの衰退と、ローマの支配へと移行していく歴史的な顚末が描き出されています。
科学・哲学3 チャンク · §1-13–§29-42326 対訳文読む →アポロニオスへの慰めの手紙
Letter of Condolence to Apollonius本作は、若くして息子を亡くしたアポロニオスに対し、過度の悲哀を抑制し、理知的に死を受け入れるよう説く書簡形式の慰問書です。著者は、悲しみを適度に抑える「メトリオパテイア」の重要性を説き、運命の無常さと人生の苦難の不可避性を論じます。議論の過程で、ソクラテスやプラトンらの哲学、ホメロスなどの詩、そして古代の歴史的逸話が数多く引用され、死は生からの解放や魂の救済であり、決して悪ではないことが多角的に示されます。後半では、息子の死に毅然と耐えた先賢たちの高潔な姿を紹介し、亡き息子の美徳と死後の魂の幸福を保証します。最終的に著者は、無益な嘆きを捨てて自然の理に従い、心身の健康を取り戻すようアポロニオスに強く促して結んでいます。
散文・その他文芸18 チャンク · §1-3–§36-371,771 対訳文読む →アリステイデス伝
Life of Aristides本作は、古代アテナイの政治家であり「義人(アリステイデス)」として知られるアリスティデスの生涯を描いた伝記である。物語は、彼の無私無欲な人柄と、宿敵テミストクレスとの対照的な政治姿勢や対立から始まる。アリスティデスはそのあまりの公正さゆえに一度は民衆の嫉妬から陶片追放されるが、ペルシアの再侵攻に際して帰還し、サラミスやプラタイアイの戦いで優れた知略と調停力を発揮してギリシアを勝利へと導く。戦後も彼はデロス同盟の公平な貢納金査定などで同盟諸都市から深い信頼を獲得し、アテナイの覇権の基礎を築いた。生涯を通じて極貧と高潔を貫いた彼の死後、アテナイ国家はその徳を称えて遺族を手厚く保護した。
歴史・地理27 チャンク · §1.1-1.9–§27.1-27.41,354 対訳文読む →大カトー伝
Life of Cato the Elder本書は、共和政ローマを代表する政治家・軍人である大カト(マルクス・ポルキウス・カト)の生涯を描いた伝記である。カトは、その強健な身体と雄弁さ、そして極めて質素で自律的な私生活により、奢侈に流されつつあった当時のローマで異彩を放った。軍人としてはヒスパニアでの勝利やテルモピュライでの奇襲によって大きな軍功を挙げ、政治家としては政敵に対する容赦のない告発を続けた。さらに、監察官(ケンソル)に就任すると、徹底した風紀取り締まりや課税強化によってローマの道徳的浄化に努めた。一方で、家庭内では奴隷や息子を厳格かつ実利的に管理し、ギリシアの哲学や医療に強い不信感を抱いて独自の家庭運営を行った。晩年には著述や農業に親しみながらも、宿敵カルタゴの脅威を警告し続け、その破壊を訴えながら波乱に満ちた生涯を閉じる。
歴史・地理27 チャンク · §1.1-1.7–§27.1-27.51,378 対訳文読む →キモン伝
Life of Cimon本書は、古代ギリシアのアテナイの将軍であり政治家であったキモンの生涯を描いた伝記作品である。著者はルクッルスとの比較を通じてキモンの美徳や軍実績才覚、内政での穏健さを称賛する。前半では、キモンの高貴な血統や若き日の奔放な逸話、ペルシア戦争での活躍による台頭が描かれ、さらに彼が同盟国の信頼を勝ち取りギリシアの覇権をアテナイにもたらす過程が示される。また、キモンが私財を投じて市民を支援し、公共の景観を整えた寛大で清廉な人柄も詳しく語られる。中盤では、エウリュメドン川の戦いにおける対ペルシア大勝利という軍事的な絶頂期が描かれる。しかし後半、アテナイ内部での過激な民主政の台頭と自身の親スパルタ的な姿勢が重なり、彼は陶片追放を経験する。最後は、追放から復帰した彼がキプロス遠征中に不吉な兆候の中で病没し、彼の死後にギリシアが内紛によってペルシアへの優位を失う様子を描いて幕を閉じる。
歴史・地理19 チャンク · §1.1-1.7–§19.1-19.4992 対訳文読む →エウメネス伝
Life of Eumenes本作は、アレクサンドロス大王の宮廷書記官長から将軍へと登り詰め、大王亡き後の後継者(ディアドコイ)戦争を戦い抜いたカルディアのギリシア人、エウメネスの波乱に満ちた生涯を描く伝記です。出自や教育から始まり、大王の側近としての信頼獲得と確執、そして大王の急死後に始まるマケドニア将領たちとの熾烈な権力闘争が克明に綴られます。エウメネスは抜群の知略と忠誠心をもって騎兵部隊を組織し、宿敵クラテロスやネオプトレモスを打ち破るが、同時にマケドニア兵たちの反感も買います。その後、宿敵アンティゴノスとの戦いでは、ノラ要塞での籠城や奇策を用いた脱出、東方諸州のサトラップ(総督)たちとの心理戦など、彼の非凡な戦術と機転が遺憾なく発揮されます。しかし最後は、最強の歩兵部隊「銀盾兵」の裏切りによってアンティゴノスの手に渡り、悲劇的な最期を遂げます。異邦人の身でありながら、知力と不屈の精神で群雄割拠の時代を駆け抜けた男の軌跡が生き生きと描写されています。
歴史・地理19 チャンク · §1.1-1.3–§19.1-19.2908 対訳文読む →ファビウス・マクシムス伝
Life of Fabius Maximus本作は、第2次ポエニ戦争においてカルタゴの将軍ハンニバルの脅威からローマを救った、名将ファビウス・マクシムスの生涯を描いた歴史伝記である。物語は彼の静かな幼少期と家系の紹介から始まり、執政官としてリグリア人へ勝利を収める初期の活躍が描かれる。トラシメヌス湖畔の戦いでローマ軍が壊滅的な打撃を受けると、ファビウスは独裁官に任命され、決戦を避けて敵を消耗させる「持久戦」の戦略を徹底する。この消極的な戦術は当初、市民や副官からの激しい非難と嘲笑を浴び、カンナエでの大敗などを招いた急進派の暴走を許すものの、やがて彼の知恵と冷静さこそがローマ救国の鍵として再評価される。後半では、タレントゥム奪還における計略や寛大な統率力が描かれ、彼の人間的な偉大さが浮き彫りになる。晩年には、カルタゴ本土への直接遠征を主張する若きスキピオの積極策に強く反対するものの、その遠征が勝利に終わる結末を見届けることなく病没し、市民から「人民の父」として深く惜しまれながら葬られる。
歴史・地理27 チャンク · §1.1-1.5–§27.1-27.21,166 対訳文読む →フラミニヌス伝
Life of Flamininus本作は、共和政ローマの将軍・政治家であるティトゥス・クィンクティウス・フラミニヌスの生涯を描いた伝記です。異例の若さで執政官に選出されたティトゥスは、対マケドニア戦争の指揮権を得てギリシアへと渡ります。彼は優れた軍事手腕を発揮してマケドニア王フィリッポス5世をキュノスケファライの戦いで破り、イストミア競技会においてギリシア諸都市の自由と解放を宣言して現地の人々から神のごとき熱狂的な称賛を浴びます。その後もギリシアの秩序安定に努め、ローマで華々しい凱旋式を挙行します。しかし、後年に監察官となってからは大カトとの政治的対立に巻き込まれ、晩年にはビテュニアの地で亡命中の老将ハンニバルを執拗に追いつめて自害に追い込んだことで、世間からその残忍さを非難されることになります。前半生の輝かしい栄光と、晩年の名誉欲がもたらした光と影の対比が克明に描き出されています。
歴史・地理21 チャンク · §1.1-1.4–§21.1-21.8896 対訳文読む →ヌマ伝
Life of Numaローマの第2代王ヌマ・ポンピリウスの生涯と、その偉大な治世を描いた伝記である。建国者ロムルスの失踪後、王位の空白による混乱のなかで、サビニ人の賢者であるヌマが市民からの強い要望を受けて王として迎えられる。武力による統治を嫌うヌマは、宗教的儀礼や法制度を導入することで、好戦的なローマ市民に敬神の念を植え付け、国家を平和へと導いていく。最高神官(ポンティフェクス)やウェスタの処女の制を定め、暦を改正し、職業別ギルドを組織して市民の融和を図る。彼の四十数年にわたる治世において、ヤヌス神殿の門は閉ざされ続け、イタリア全土に奇跡的な平和がもたらされた。最後に、八十歳を過ぎて穏やかな死を迎えたヌマの壮大な葬儀と、彼の教えが後世に及ぼした余波が描かれ、その類稀なる敬虔さと知恵が称えられて物語は締めくくられる。
歴史・地理22 チャンク · §1.1-1.4–§22.1-22.71,239 対訳文読む →オト伝
Life of Otho本作は、ローマ帝国「四皇帝の年」の混乱期に、わずか数ヶ月の間だけ帝位に就いたオト(Otho)の短い治世と、その壮烈な最期を描いた伝記的歴史叙述です。皇帝となったオトは、元老院や民衆への寛大で融和的な統治を試みるものの、即位早々に兵士たちの統制や、対立する将軍ヴィテリウスの軍勢との戦いに直面します。主戦派の意見に押される形で、オトはベドリアクム(Bedriacum)での決戦に踏み切りますが、部下たちの不和や戦略的ミスにより自軍は決定的な敗北を喫します。これ以上の内戦による市民の犠牲を防ぐため、オトは熱烈な忠誠を誓う兵士たちの嘆願を退け、自らの死によってローマを救うことを決意します。友人や甥の身の安全を見届けたオトが、潔く自決を遂げる場面で物語は結ばれます。
歴史・地理18 チャンク · §1.1-1.3–§18.1-18.4715 対訳文読む →ピロポイメン伝
Life of Philopoemen本作は、アカイア同盟の優れた将軍であり、「最後のギリシア人」とも称されるフィロポイメンの生涯を描いた伝記である。メガロポリスに生まれた彼は、幼少期から質素な田園生活と熱心な軍事訓練を両立させ、戦争こそが美徳を発揮する場であるという信念を培う。セラシアの戦いで若き日の武功を立てた彼は、アカイア同盟の軍制改革に乗り出し、贅沢を排してマケドニア式の重武装を導入することで、同盟軍を強力な軍隊へと新生させる。僭主マハニダスやナビスを打ち破り、スパルタを同盟に編入するなど、卓越した軍事力でギリシアの自主独立を守り抜く。ローマの覇権拡大に対しても誇り高く主体的な外交姿勢を貫くが、晩年にメッセネの反乱の救援に向かう途中で落馬して捕らえられ、毒を仰いで生涯を閉じる。彼の死後、アカイア同盟はメッセネに復讐を果たして遺骨を迎え、偉大な指導者を手厚く葬った。
歴史・地理21 チャンク · §1.1-1.4–§21.1-21.6841 対訳文読む →プブリコラ伝
Life of Publicola本書は、ローマの王政廃止から初期共和政の確立期にかけて活躍した政治家、プブリコラ(ウァレリウス)の生涯と功績を描いた歴史伝記である。物語は、タルクィニウス王の追放後の混乱と、王政復古を企む陰謀をウァレリウスが暴く場面から始まる。執政官となった彼は、単独支配を恐れる民衆に対して自らの権力を謙虚に示し、数々の民主的な法律を制定したことで「民衆の友」を意味する「ポプリコラ」の尊称を得る。その後、エトルリア王ポルセナの侵攻やサビニ人との激しい戦争に対して、彼は優れた軍事指揮と外交手腕、そしてローマ市民の勇気を率いて国家の危機を救う。最終的に、ポプリコラは市民から深く愛され、公費によって手厚く葬られた。本作は、個人の徳と献身が新興の共和政ローマをいかに支えたかを活き活きと描き出している。
歴史・地理23 チャンク · §1.1-1.5–§23.1-23.31,018 対訳文読む →セルトリウス伝
Life of Sertorius本書は、共和政ローマ末期の動乱期に活躍した亡命将軍クィントゥス・セルトリウスの波乱に満ちた生涯を描いた伝記である。サビニ地方の貴族の家に生まれたセルトリウスは、ガリアやイベリアでの軍功を通じて頭角を現し、マリウスとスッラの派閥抗争を避けてイベリアへと渡る。現地ルシタニア人らの指導者となった彼は、卓越したゲリラ戦術や、神聖視された白い子鹿を用いた人心掌握術により、メテッルスやポンペイウスが率いるローマ軍を幾度も翻弄した。しかし、長引く戦争のなかで味方の裏切りや嫉妬に直面し、最後は部下ペルペンナらの陰謀によって暗殺される。知勇に溢れながらも悲劇的な結末を迎えた名将の、孤独な戦いと挫折の軌跡が生き生きと描かれている。
歴史・地理27 チャンク · §1.1-1.6–§27.1-27.41,102 対訳文読む →十大弁論家列伝
Lives of the Ten Orators『十大弁論家伝』は、古代アテナイの黄金期からマケドニアの台頭に至る激動の時代に活躍した、10人の著名な弁論家たちの生涯と業績を描いた伝記である。本書が対象とするのは、アンティポン、アンドキデス、リュシアス、イソクラテス、イサイオス、アイスキネス、リュクルゴス、デモステネス、ヒュペレイデス、デイナルコスの10名である。各章では、彼らの家系や教育、弁論家としての作風や代表作が紹介されるだけでなく、政治的闘争や流亡、非業の死といった劇的な生涯が詳しく綴られている。また、身体的欠点を克服したデモステネスの逸話や、財政官として貢献したリュクルゴスの功績など、彼らの個性際立つエピソードが豊富に盛り込まれている。さらに、アテナイ市民が彼らに授けた公的な顕彰決議案の文面も収録されており、当時の政治状況や制度をリアルに伝える資料ともなっている。弁論術の発展とアテナイ民主政の運命が、個々の弁論家たちの人間模様を通じて多角的に描き出されている。
歴史・地理19 チャンク · §1.1#1–§13.11,749 対訳文読む →情話五題
Love Stories本書は、愛や情愛、求婚をめぐる争いが引き金となり、関係者のみならず国家や都市の運命を揺るがす悲劇へと発展していく様を描いた短編物語集です。古代ギリシアの様々な地方を舞台に、男女の愛執が招く恐ろしい因果応報がオムニバス形式で綴られます。前半では、美しい若者をめぐる拉致の試みや争いが不慮の死を招き、それが都市の創建へとつながる劇的なエピソードが紹介されます。中盤から後半にかけては、娘たちを奪われた父親の無念や不当な追放に対する復讐が描かれます。それらはレウクトラの戦いにおけるスパルタの敗北や、神罰としての巨大な地震など、共同体の破滅や国家規模の災厄へと連鎖していきます。情欲の暴走がもたらす凄惨な結末と、避けることのできない運命の報いを示す作品です。
散文・その他文芸3 チャンク · §1-2–§4-5383 対訳文読む →子供への情愛について
On Affection for Offspring本作は、人間が本来備えている「我が子への自然な愛情(フィロストルギア)」の本質と、それが自然によって与えられた強力な本能であることを探求する論考です。著者はまず、理性や習慣によって自然な本性から逸脱した人間に対し、純粋な自然を保持する動植物の生態を観察することを提案します。カワセミやライオン、鳥などの献身的な子育ての具体例を通じて、親子の愛を打算や利害に基づくとするエピクロス派の人間観が批判されます。さらに、人間の親の愛は正義や文明を築く種子であり、女性の妊娠や授乳の仕組みといった生理学的適応からも自然の深い配慮が明らかであると論じられます。最終的に、育児にはいかなる実利的な見返りもないにもかかわらず親が子を育てるのは、人間の本性に根ざした圧倒的な力によるものであり、この愛情はどのような境遇にあっても決して失われない金のように輝くものであると結論づけられます。
科学・哲学5 チャンク · §1–§4-5350 対訳文読む →詮索好きについて
On Being a Busybody本作は、プルタルコスが魂の有害な情念である「お節介」(ポリュプラグモシュネー)を分析し、その克服と自己省察への転換を説く倫理的論説です。著者は、他人の詮索にエネルギーを費やす人々の醜さを比喩を交えて鋭く批判し、特に権力者の秘密を暴こうとする行為の危険性を警告します。お節介の本質には、他人の不幸を喜ぶ嫉妬に似た悪意があると分析されます。そのうえで、関心を自然探究や自己の欠点の吟味へと向け直すことを勧め、理性の自制を養うための具体的な実践法を提示します。手紙の開封をあえて遅らせるなどの日常訓練や、オイディプスの悲劇による教訓を通じて、読者に不要な詮索の破滅的な結末を示し、自己管理の重要性を説いて結ばれます。
科学・哲学7 チャンク · §1-2–§14-16723 対訳文読む →運について
On Chance本作は、人間の人生や行動を支配するのは「運」なのか、それとも「思慮」なのかという問いを追究する哲学的小品です。著者は、運がすべてを支配するという一般的な見解に強く反論し、歴史上の偉大な人物たちの道徳的行為を例に挙げながら、良き熟慮の重要性を説きます。人間は肉体的な能力において野獣に劣っているものの、プロメテウスの象徴に代表される理性と予見の力によって万物を従え、自らの生を築き上げていることが示されます。さらに、職人の技術や画家の逸話を引き合いに出し、いかなる技術においても運の果たす役割は極めて小さいことを論証します。最終的に、人間の真の幸福や生活の基盤を形作るのは、気まぐれな運ではなく、確かな思慮と智慧であるという結論へと読者を導きます。
科学・哲学3 チャンク · §1-2–§4-6208 対訳文読む →気弱さについて
On Compliancy本書は、人間の善良な性質から生じながらも、人生に多大な害を及ぼす「過度な羞恥心(気おくれ:デュソーピア)」という情念を取り上げ、その弊害と克服法を論じた哲学・倫理的エッセイです。著者プルタルコスは、この気おくれが裁判の歪みや他者への屈従、さらには国家や個人の破滅といった悲劇を引き起こす危険な病であると警告します。この病を治療するために、著者は宴席での乾杯やサイコロの誘いを断るといった、日常の些細な事柄から拒絶の訓練を始めることを提案します。さらに、プラトンやカト、テミストクレスといった古代の賢人たちの豊富な逸話や鋭い切り返しを引き合いに出し、不当な要求や追従をきっぱりと退けることの重要性を説きます。最終的に、他者からの不当な非難を恐れて悪に屈するよりも、正しく断って恨まれる方がはるかに勝ることを示し、後悔の記憶を通じてこの弱さを克服するよう読者に促しています。
科学・哲学7 チャンク · §1-2–§18-19684 対訳文読む →妬みと憎しみについて
On Envy and Hate本作は、人間が抱く「妬み(フトノス)」と「憎しみ(ミソス)」という二つのネガティブな感情の本質的な違いと類似性を探求した哲学的なエッセイです。著者はまず、これらの感情の定義を試み、憎しみが邪悪さへの反発や自己防衛から生じ、動物にも見られるものであるのに対し、妬みは他者の幸運に対する不当な不快感であり人間関係に特有のものであると指摘します。続く後半部分では、植物の成長やソクラテスの弾劾、光と影の関係といった多様な比喩を用いて、両者の性質の違いをさらに深く分析します。恩恵や不運を前にしたときにこれら二つの感情がどのように異なる反応を示すかが対比され、それぞれの心理的メカニズムが鮮やかに描き出されます。読者は、一見似通った二つの情念の間に横たわる決定的な差異を体系的に理解することができます。
科学・哲学2 チャンク · §1-5–§6-8215 対訳文読む →追放について
On Exile本書は、祖国を追われる「追放(亡命)」という逆境に対し、いかに理性と哲学をもって立ち向かうべきかを説いた倫理的な随筆です。著者は、追放や不名誉といった不幸は客観的な悪ではなく、個人の主観的な判断によってその軽重が決まるものであると論じます。そして、人間は一都市の住民にとどまらず、全宇宙を真の祖国とする「宇宙の市民(コスモポリーテース)」であるという観点を提示します。さらに、古代の賢者や詩人たちが異郷や静かな島で不朽の業績を残した歴史的・神話的な実例を豊富に挙げ、一箇所からの追放はむしろ煩わしい政治的義務からの解放と精神的な自足、そして自由をもたらすものであると説きます。最後に、魂の本質から見ればすべての人間がこの地上における旅人であり流刑者であるという壮大な視野を示し、逆境における心の平静の保ち方を提示して結んでいます。
科学・哲学8 チャンク · §1-3–§17743 対訳文読む →運命について
On Fate本作は、プラトン哲学の枠組みに基づき、運命(ヘイマルメネー)の本質と、それが人間の自由意志や偶然とどのように両立するかを追究した哲学論考です。著者が友人ペイソンに宛てた書簡の形式をとり、運命には「活動」と「実質」の二重の意味があると定義することから議論が始まります。運命は国法のような条件付きの法則であり、すべての出来事をあらかじめ必然化するものではないと論じられます。さらに、アリストテレス的なカテゴリーも交えながら、「可能」「偶然」「幸運」、そして「我々に依存すること(自由選択)」が運命の秩序内でいかに調和するかを体系的に分析します。後半では、三つの階層からなる神の配慮(プロノイア)と運命の関係が、プラトンの『ティマイオス』などの引用とともに整理されます。最終的に本作は、すべてを縛る決定論を否定し、神的な秩序のもとで人間の自由や偶然の余地を残す調和的な世界観を提示して結ばれます。
科学・哲学6 チャンク · §0-3–§10-11634 対訳文読む →多くの友をもつことについて
On Having Many Friends本作は、多くの友人を持つことの弊害を説き、真の友情の本質が少数の間でのみ成立することを論じた倫理学的なエッセイです。著者はソクラテスやピタゴラスなどの哲人たちの逸話を引用しながら、無秩序に多くの交友関係を求めることがいかに愚かであるかを指摘します。真の友情を築くためには互いを深く吟味する時間が必要であり、友人が多すぎるとかえって交わりは希薄になり、相反する要求による葛藤や災難に巻き込まれる危険が生じると論じます。さらに、友情の本質は互いの「類似性」にあるため、多くの友に合わせようとすることは、プロテウスのように自己を喪失して千変万化することにつながると警告します。最終的に、人間が結ぶべきは、少数の相手との深く安定した交わりであるという結論を導き出します。
科学・哲学4 チャンク · §1-2–§7-9329 対訳文読む →講義を聴くことについて
On Hearing本作は、青年期に達した若者ニカンドロスに向けて、哲学的な講義や言論を正しく「聴く」ための心構えを説いた散文作品である。著者は、話すことに先立って謙虚に聴くことの重要性を強調し、自惚れや虚栄心、嫉妬がいかに学びを妨げるかを指摘する。聞き手はソフィストの空虚な美辞麗句や話者の名声に惑わされず、蜜蜂のように言論から実質的な有益さを汲み取るべきだと主張される。また、講義における適切な質問や称賛のあり方、さらには師からの率直な忠告や批判を甘んじて受け入れる謙虚さの必要性も具体的に論じられる。最終的に、心とは単に知識を満たすべき「器」ではなく、自発的に燃え上がらせるべき「薪」であると説き、主体的な思索こそがよく生きるための鍵であることを示して締めくくられる。
散文・その他文芸11 チャンク · §1-2–§18738 対訳文読む →独裁政治と民主政治と寡頭政治について
On Monarchy, Democracy, and Oligarchy本作は、最善の政体(ポリティア)とは何かという政治哲学の根本的な問いを扱う短い論考です。ある政治的な対話が行われた後、筆者は様々な政体の定義や歴史的な分類を概説し、議論を始めます。その上で、プラトンの思想に基づきつつ、君主政、民主政、寡頭政という代表的な政体の比較を行います。最終的に、政体における調和の重要性を音楽の調律に例えながら、君主政こそが最も優れた政体であることを結論づけています。
科学・哲学1 チャンク · §1-4105 対訳文読む →倫理的徳について
On Moral Virtue本作は、プルタルコスが道徳的徳の本質を明らかにし、魂における理性的部分と非理性的部分の関係性を探求した哲学論考です。著者はまず、情念を理性の変容とみなすストア派の一元論的な魂の理解を批判します。これに対し、ピタゴラスやプラトン、アリストテレスの説に依拠し、魂を理性的部分と情動的な非理性的部分に分ける二元論の正当性を主張します。実践的な理性が非理性的部分を調律するように中庸へ導くことで道徳的徳が形成されると説明し、節制と自制、あるいは不自制との心理的な差異を精緻に分析します。さらに、内的な葛藤の経験や人間の自己制御という事実そのものが魂の二重性を証明していると論じます。最終的に、徳の獲得において情念は根絶すべきものではなく、理性によって調和的に導かれることで有益な助けとなるという結論を導き出しています。
科学・哲学12 チャンク · §1-2–§12913 対訳文読む →妬まれずに自分をほめることについて
On Praising Oneself Inoffensively本書は、一般に嫌悪されがちな「自己称賛」という行為を、他者からの反感や嫉妬(ポノス / phthonos)を買うことなく、いかにして効果的かつ適切に行うかという実践的なレトリックと倫理を論じた作品です。著者は、ペリクレスやデモステネスといった歴史上の政治家や哲学者の豊富な具体例を引きながら、自己称賛が許容される状況やその政治的有用性を分析します。議論の前半では、告発に対する正当な自己弁護や、不当な不運に直面した際など、自己称賛が必要となる例外的な場面が提示されます。中盤では、聴衆への賛美を交えること、功績を運命や神に帰すること、あるいは自らの苦労や軽微な欠点を告白することによって、他者の嫉妬を回避する具体的な技術が解説されます。後半では、他者を鼓舞し、不遜な者を戒めるための有効な大言壮語について論じる一方、自己称賛が招く危険性と、称賛された時の自己節制の重要性を警告します。最終的に本作は、自己称賛を単なる虚栄心から切り離し、徳と公共の利益のために制御されるべき技術として描き出しています。
科学・哲学8 チャンク · §1-2–§20-22664 対訳文読む →迷信について
On Superstition本作は、神々に対する無知から生じる二つの病弊、すなわち「無神論」と「迷信」を対比し、特に「迷信」が魂にもたらす深刻な害悪を鋭く批判する哲学論考である。著者のプルタルコスは、理性を麻痺させる最大の感情である「恐怖」が迷信の核心にあると指摘する。迷信深い者は、睡眠中も悪夢に怯え、逆境に直面すれば神の罰とみなして悲惨な自虐的儀礼に没頭し、死後さえも恐怖からの逃避先とならない。一方、神の存在を信じない無神論者は不合理な恐怖に支配されず、災厄にも静かに耐えるため、神を残酷な存在とみなす迷信のほうがはるかに不敬虔であると論じられる。さらに、迷信による野蛮な儀式こそが無神論を誘発する原因であると分析される。最終的に作品は、迷信を避けるあまりに極端な無神論へと陥ることなく、中庸としての真の敬虔(ユウセベイア)を保つことの重要性を説いて結ばれる。
科学・哲学7 チャンク · §1-2–§12-14587 対訳文読む →お喋りについて
On Talkativeness本作は、おしゃべり(多弁)がもたらす害悪を明らかにし、それを克服するための実践的な治療法を提示する哲学的な道徳論です。前半では、他人の話を聞かず周囲から敬遠されるおしゃべりな人々の実態が、ユーモラスな逸話を交えて描かれます。さらに、秘密を守れないことが招いた歴史的な災厄や個人の悲劇など、多弁がいかに人間関係や社会において致命的な破滅をもたらすかが、数々の具体例とともに論じられます。これに対して著者は、賢者たちの沈黙の美徳を称え、沈黙がいかに言葉より優れているかを説きます。後半では、この根深い病癖を治療するための具体的な訓練法が提案されます。他人の質問を横取りしないことや、回答の前に間を置くこと、自身の得意な話題を自制することなどが推奨され、最終的には自己反省と日々の訓練によって沈黙の価値を体得することを目指します。
科学・哲学13 チャンク · §1-2–§231,262 対訳文読む →怒りを抑えることについて
On the Control of Anger本作は、人間を支配する最も破壊的な情念の一つである「怒り」をどのように制御し、克服すべきかを論じた実践的な哲学対話篇です。シッラスからの問いかけに応じる形で、かつて激しやすい性格だったフンダヌスが、自身の経験に基づく自己治療の方法と哲学の実践的な教えを語ります。議論は、怒りが芽生えた初期段階で沈黙や客観視によって鎮める訓練から始まり、他者の醜い怒りの姿を反面教師とすること、そして怒りは強さではなく魂の弱さの表れであることを指摘します。さらに、古代の賢者や王たちの寛大な逸話を引きながら、奴隷や身近な人々に対する拙速な処罰を避け、贅沢へのこだわりや「軽蔑されている」という被害妄想を捨て去るための具体的な心の持ち方が説かれます。最終的にフンダヌスは、一定期間怒りを控える誓いと実践を積み重ねることで、怒りの抑制が自分自身に最大の平安をもたらすことを示し、穏やかな気質を養うことの価値を強調して結びます。
科学・哲学12 チャンク · §1–§16981 対訳文読む →デルポイのEについて
On the E at Delphi本作は、デルポイのアポロン神殿に奉納された謎めいた文字「Ε(エプシロン)」の真意をめぐり、著者プルタルコスを含む知識人たちが交わした対話を記録した哲学・神学作品です。登場人物たちは、この文字の持つ意味について、数秘術的、天文学的、論理学的な視点から多様な解釈を次々と提示していきます。議論の前半では、Eが「5」を指し示すという説から、ピュタゴラス主義的な数秘学や、五元素と宇宙の対応関係、さらにはアポロン神の重視する論理学の「もし(エイ)」を意味するという説が語られます。しかし後半に至り、師アンモニオス(Ammonius)はこれら数学的な解釈を退け、Eが神への呼びかけである「汝はあり(エイ)」を意味するという深い形而上学的解釈を提示します。人間が変化と消滅の流転の中に生きるのに対し、神のみが不変の「今」に存在することを示し、デルポイのもう一つの神託「汝自身を知れ」との調和を語って対話を締めくくります。
科学・哲学10 チャンク · §1-2–§21814 対訳文読む →肉食について(第1部)
On the Eating of Flesh (I)本作は、人間が動物の肉を食べる肉食の倫理的・身体的な不自然さを追及する哲学的な論説です。著者はまず、ピュタゴラスの菜食主義を奇異に思う人々に対し、太古の窮乏期とは異なり飽食の現代における肉食は不必要な虐殺であると説きます。続いて、人間の解剖学的な身体構造が肉食に適していないことや、残酷さを覆い隠すために調味料が用いられている矛盾を指摘します。さらに、肉食が身体と魂を鈍重にし、精神の明晰さを失わせると警告します。最終的に、肉食を避けることが人間愛や慈悲の精神を育むとし、魂の転生説や神話的な教義とも結びつけながら、肉食忌避の重要性を説得力をもって訴えかけます。
科学・哲学3 チャンク · §1-2–§6-7265 対訳文読む →肉食について(第2部)
On the Eating of Flesh (II)本作は、人間が肉を食べる習慣の残酷さと倫理的な問題点を告発し、菜食主義の正当性を訴える哲学的な論説です。著者は、現代の凄惨な食肉処理の実態を批判し、食の無節制が社会の贅沢や暴力へと繋がっていることを警告します。続いて、動物には感覚や認識力があることを示し、肉食を擁護するストア派などの見解を厳しく批判した上で、ピュタゴラスやエンペドクレスの菜食主義を古の優れた教えとして称賛します。また、殺生に慣れることが人間同士の虐殺の歴史を生んだと指摘し、魂の転生説の真偽に関わらず、動物殺しには多大な倫理的危険があると警告します。最終的に、読者に対して、自らの良心や感情に照らして動物に対する正義を問い直すよう促しています。
科学・哲学3 チャンク · §1-2–§5-7214 対訳文読む →子供の教育について
On the Education of Children本作は、自由な身分の子供を道徳的かつ知的に優れた人間に育てるための、包括的な教育方針を説いた散文作品です。議論はまず、優れた家柄や親の心構え、そして自然(素質)、理性(ロゴス)、習慣(訓練)の三つが徳の達成に不可欠であるという前提から始まります。次に、幼児期の養育や優れた教育者の厳選、そしてあらゆる学問の頂点としての哲学の重要性が主張されます。さらに、体罰を排した称賛による指導や適度な休息、自己抑制や交際における注意点など、成長に応じた具体的な実践法が示されます。終盤では、ピュタゴラスの訓戒を引きつつ悪友や追従者の有害性を警告し、最終的に父親自身が寛容さと思いやりを持ち、身をもって道徳的な手本を示すことの重要性を説いて締めくくられます。
散文・その他文芸13 チャンク · §1-3–§18-201,361 対訳文読む →ローマ人の運について
On the Fortune of the Romans本書は、ローマ帝国の誕生と繁栄が、人間の「徳(ウィルトゥース)」と運命の「運(フォルトゥーナ)」のどちらによってもたらされたのかという問いをめぐる、演説風の哲学・歴史作品です。著者は、ローマ人たちが古くから「徳」以上に「運」を崇め、その恩恵をうけてきた歴史を振り返ります。カエサルやアウグストゥスといった指導者たちの台頭や、建国者ロムルス、ヌマ王、セルウィウス王の治世における奇跡的な出来事が、すべて運の助けによるものであったことが具体的な逸話とともに語られます。さらに、ケルト人による危機を神聖な鵞鳥が救った故事や、アレクサンドロス大王の急死がローマを脅威から遠ざけたことなど、国家の存亡に関わる局面で「運」が介入した例が示されます。最終的に本作は、ローマの偉大な覇権が、誕生の瞬間から寄り添い続けた運命の守護神による超自然的な導きによって確立されたものであることを描き出しています。
科学・哲学10 チャンク · §1-3–§13747 対訳文読む →アテナイ人の名声は戦争によるか知恵によるか
On the Glory of the Athenians『アテナイ人の栄光について』は、アテナイを歴史上真に偉大にした源泉が、文学や芸術、弁論ではなく、将軍たちの軍事的な功績(武勲)にあることを論じる論説です。著者は、歴史記述や絵画、詩などの模倣芸術が価値を持つのは、その主題となる実際の偉大な行動が存在するからだと主張します。さらに、悲劇などの劇作に費やされる莫大な費用や奢侈を批判し、国家を危機から救った将軍たちの実質的な貢献を高く評価します。最後に、言葉を洗練させることに執着する弁論家たちと、戦場で命を懸けた将軍たちの偉業を対比させ、言葉よりも実際の行動こそがアテナイに真の栄光をもたらしたという結論を導き出しています。
科学・哲学5 チャンク · §1-2–§8463 対訳文読む →富への愛好について
On the of Wealth本作は、富への過度な執着(貪欲)がもたらす害悪を暴き、人間の真の充足がどこにあるかを追究した哲学的な論考です。著者は、歴史上の人物の逸話や巧みな比喩を用いながら、富の本質を鋭く分析していきます。導入部では、富が欲望を鎮めるどころか、かえって不要な贅沢への渇望を生み出して人間を破滅へと導くことを指摘し、真の治療は富を増やすことではなく「魂の浄化」であると説きます。中盤では、財を蓄積するだけで一切楽しまない吝嗇家の「精神の貧困」を厳しく批判し、その歪んだ価値観が親子関係をも崩壊させる悲劇を描き出します。最終的に、富の誇示は他人の目を気にした虚栄にすぎず、真に魂を永続的に喜ばせるのは、外的な財ではなく節度や美徳に裏打ちされた生き方であると結論づけています。
科学・哲学4 チャンク · §1-3–§8-10421 対訳文読む →冷の原理について
On the Principle of Cold本書は、自然界における「冷たさ」の本質と、その第一の源泉がどの元素にあるのかを探究する哲学・科学的論考である。著者はまず、冷たさが単なる熱の欠如ではなく、独自の能動的な能力(デュナミス)であることを、感覚や身体に及ぼす影響を根拠に論じる。続いて、四つの基本元素のうち、どれが冷たさの第一原理(アルケー)であるかをめぐり、空気を第一とする説、水を第一とする説、そして地を第一とする説を順に検討していく。議論の中では、エンペドクレスなどの詩や先行する哲学者の説、また井戸水の冷たさや凍結などの具体的な物理現象が数多く引用される。最終的に著者は、冷たさは重さや固さ、凝縮をもたらす地の性質と結びついていることを示す。しかし、一つの結論を急いで決定するのではなく、対話相手であるファボリノスに対し、慎重に判断を保留(エポケー)することを促して本作を締めくくる。
科学・哲学10 チャンク · §1-3–§21-23895 対訳文読む →心の平静について
On Tranquillity of Mind本作は、著者から友人パッキオスに宛てて、いかにして「心の平穏」(エウテュミア)を得るべきかを論じた哲学的な書簡体論考です。著者は、何もしないことで平穏が得られるという消極的な立場を批判し、平穏とは理性的な訓練と高貴な行動によって内面から築かれるものであると主張します。議論は、外的な境遇や他者との比較に一喜一憂する人間の愚かさを指摘し、与えられた運命や手元にある善きものに目を向けることの重要性を説きます。ソクラテスやディオゲネスなどの豊富な歴史的逸話や詩句を引用しながら、自己の天性に適した生き方に専念し、死への恐怖を克服することを促します。最終的に、宇宙を神聖な神殿、人生そのものを最も完全な祭りと捉え、良心に基づき日々を肯定的に生きることこそが、真の心の平穏をもたらすと結論づけています。
科学・哲学13 チャンク · §1-2–§201,009 対訳文読む →徳と悪
On Virtue and Vice本作は、人間の魂における美徳と悪徳が幸福に与える影響を論じた哲学的小品です。富や名声といった外部の財は、それ自体では魂に本当の幸福をもたらさないという問題提起から議論が始まります。著者は、魂の内に悪徳(カキア)が存在する限り、いかなる富や贅沢もかえって苦痛や不快へと変わってしまうことを指摘します。これに対して、真の内なる安らぎと自足をもたらすのは、ただ美徳(アレテー)と理性(ロゴス)のみであると説明されます。最終的に、外部の状況に惑わされることなく、魂の内面を美徳によって整えることこそが真の幸福への道であると結論づけられます。
科学・哲学1 チャンク · §1-477 対訳文読む →ピュティアは今日では詩のかたちで神託を降ろさないことについて
Oracles at Delphi no longer Given in Verse本作は、デルポイの巫女(ピュティア)による神託が、かつての格式高い韻文から平易な散文へと変化した理由をめぐり、デルポイを訪れた知識人たちが交わす対話篇である。テオンやサラピオン、ボエトスといった対話者たちは、神殿の奉納品や青銅像の美しさをめぐる議論から出発し、やがて「神託の質の変化」という核心的な主題へと移行する。彼らは、神が予言の霊感のみを与え、その表現は人間の魂という不完全な媒体に委ねられているという構造を明らかにする。かつて複雑な政治状況下で曖昧な暗示(詩)が必要だった時代と異なり、平和で安定した現代においては、明瞭で簡潔な散文こそが神託の真実性と信頼性を高めるものであると主張される。対話を通じて、神託の文体変化は信仰の衰退ではなく、人間社会の変遷に寄り添った神の配慮であることが示され、デルポイの永続的な復興が肯定される。
宗教・神学14 チャンク · §1-2–§29-301,288 対訳文読む →アレクサンドリア人が用いた諺
Proverbs used by the Alexandrians本作は、古代ギリシア、特にアレクサンドリアの地で用いられていた多様な諺(パロイミア)を収集し、その起源や意味を解説した散文作品です。全体は複数の「百選(ケントゥリア)」から構成されており、個々の諺について簡潔な解説が加えられています。取り上げられる諺の由来は、ギリシア神話の神々や英雄の物語、歴史的な事件、各地のユニークな習俗、動物の生態、さらには演劇や法廷の故事まで多岐にわたります。著者はそれぞれの表現がどのような文脈で生まれ、いかに比喩的に適用されるのかを明快に解き明かします。本書を読むことで、読者は古代の人々が日常や文学で用いた比喩表現の背景を学び、彼らの知恵やユーモアに富んだ文化の一端に触れることができます。
散文・その他文芸6 チャンク · §1.1-1.22–§2.16-2.311,055 対訳文読む →スパルタ女性たちの名言集
Sayings of the Spartan Women本作は、古代スパルタの女性たちによる勇気と愛国心に満ちた言葉や逸話を集めた格言集です。登場するのは王妃から一般の母親たちに及び、彼女たちが直面する戦争、死、誘惑などの過酷な状況が、簡潔な対話やエピソード形式で描かれます。作品はブラシダスの母や王妃ゴルゴーといった著名な女性の逸話から始まり、次第に名なき母親たちのエピソードへと移行していきます。彼女たちは息子の戦死を悲しむどころか祖国の勝利を誇り、時に臆病な息子を自らの手で処刑することさえいといません。後半では、奴隷の身分に落とされても品位を失わずに自決を選ぶなど、いかなる逆境でも尊厳を保ち続けた女性たちの強靭な精神が語られます。女性たちの力強い言葉を通じて、不屈の精神と名誉を第一とするスパルタ独自の道徳観を鮮明に描き出しています。
散文・その他文芸6 チャンク · §1.1–§5.14-5.30273 対訳文読む →不可能な事柄についての選集
Selection on Impossibilities本作は、古典期から伝わるギリシア語の短い俚諺(ことわざ)を集めた選集である。主に「不可能なこと」や「無駄な骨折り」を比喩的に表現した言葉が収録されている。人間の力の及ばない行為や無駄な努力を鮮やかに描き出す表現が並ぶ一方で、これらとは対照的に「極めて自然で容易なこと」を表す表現も一部に含まれており、不可能性と容易さの対比が際立たされている。短い断片的なテキストでありながら、古代ギリシアの人々が日常や文学で用いた比喩の豊かさと、人間の限界に対する認識を垣間見ることができる作品である。
断片テクスト1 チャンク · §1-52197 対訳文読む →『ティマイオス』における魂の生成について<摘要>
Summary of the Birth of the Spirit本作品は、プラトンの対話篇『ティマイオス』における宇宙の魂の生成と本質について論じた哲学・自然学的な註釈書です。著者は、魂が物質を形作る役割を考察し、ポセイドニオス一派などの様々な先行説に対する批判を展開します。その上で、魂が持つ理性的運動と感覚・意見形成の運動という二面性が、その二重の構成要素に由来することを論じます。さらに、宇宙の魂を構成する「同一」、「他者」、および「中間的な本質」の混合について説明し、これらが魂の認識能力や運動能力に対応していることを明らかにします。最後に、宇宙の身体における四大元素の調和が、魂の比例的な調和の比喩であることを示して締めくくります。
科学・哲学2 チャンク · §1-4–§5-6178 対訳文読む →借金をしてはならぬことについて
That We Ought Not to Borrow本書は、安易な借金がもたらす精神的および物質的な隷属を警告し、自己充足による自由の保持を説く実践的な倫理的エッセイです。著者はプラトンの水利用の制限を端緒に、不要な贅沢を捨てて己の力で生きることの重要性を主張します。続いて、債務者が陥る悲惨な状況を地獄の拷問に、金貸しの貪欲さを侵略者に喩えて描き、借金がいかに破滅的な行為であるかを強調します。さらに、借金をしない自然界の生物や、自立した労働によって高潔に生きた古代の哲学者たちの例を引き、自立して生きる気高さを説きます。最後に見かけの富を保つために借金を重ねる富裕層の愚かさを批判し、自発的に貧しさを選んででも隷属から脱することを促して締めくくられます。
科学・哲学4 チャンク · §1-3–§8462 対訳文読む →ストア派の人々は詩人たちより不合理なことを語っていること<摘要>
The Stoics Speak More Paradoxically than the Poets本作は、ストア派が理想とする「賢者(ソフォス)」の概念が抱える矛盾を、詩や神話に登場する奇抜な設定と比較しながら批判的に検証する論説です。著者は、ストア派の説く賢者が、詩人たちの描く荒唐無稽な登場人物よりもはるかに逆説的で不条理な存在であることを示そうとします。論考では、いかなる苦難にあっても揺るがないとされる賢者の「絶対的な強さ」や「幸福」が、現実の悲惨な状況や人間的な脆弱さとどのように致命的に矛盾しているかが具体的に描かれます。神話の怪物や英雄の変貌よりも、ストア派の賢者像のほうが不自然であると指摘されます。最終的に本作は、ストア派の教理が現実から遊離した自己矛盾に満ちたものであることを浮き彫りにし、その不条理性を強く印象づけます。
科学・哲学1 チャンク · §1-670 対訳文読む →教養のない権力者に一言
To an Uneducated Ruler本作は、支配者にとっての哲学と理性(ロゴス)の重要性を説き、他者を支配する前にまず自らを律することの必要性を訴える倫理的・政治的な論説です。著者は、歴史的逸話や鮮やかな比喩を交えながら、説得力のある語り口で議論を展開します。導入部では、プラトンの逸話などを引きつつ、内実のない無教育な支配者を中身の空虚な巨像に例え、他者を導く前に自らの魂を律すべきだと主張します。続いて、支配者を真に支配すべきものは成文法ではなく「内なる理性」であり、これを通じて徳を体現する支配者こそが神の似姿になると説きます。結末部では、哲学を学び神の理性を模した支配者が、権力を得た際にも情念に流されず、太陽のように穏やかに自己を制御すべきであることを、権力が邪悪さを暴き出すという警告とともに語りかけます。
科学・哲学3 チャンク · §1-2–§5-7292 対訳文読む →水と火ではどちらがより有益か
Whether Fire of Water Is More Useful本作は、自然を構成する基本元素である「火」と「水」のどちらが人間や生命にとってより有用であるかという古典的な問いを追究する哲学・科学的エッセイです。議論の冒頭では、詩人や思想家の言葉を引用しながら、あらゆる生命の維持に不可欠な存在として水の重要性が強調されます。中盤では、水が航海を通じて文明間の交流を可能にする安全な元素として称賛される一方で、生成と生命維持の真の能動的原理は火(熱)であり、水自体も熱を失えば腐敗するという強力な反論が提示されます。終盤にかけて著者は、水が有用であるためには火が必要とされるのに対し、火はそれ自体で自足的であると論じます。最終的に、火はあらゆる技術の基礎であるだけでなく、夜を照らして活動時間を倍加させ、視覚を通じて天体観測と魂の陶冶をもたらす最も高貴な元素であると結論づけられます。
科学・哲学3 チャンク · §1-5–§10-13352 対訳文読む →魂の病気は身体の病よりも悪いか
Whether the Affections of the Soul Are Worse Than Those of the Body本作は、人間の肉体が被る病と魂が被る情念(病)のどちらがより悲惨であるかを比較・考察する論説です。著者は、人間を最も惨めな存在としたホメロスの言葉を出発点とし、肉体と魂の病の性質の違いを分析していきます。肉体の病は痛みを伴うため自覚しやすく、治療を求めるのに対し、魂の病は理性を麻痺させ、本人に病の自覚を与えません。さらに、肉体の病が人を安静にさせるのに対し、魂の病は人を誤った行動へと駆り立てるため、より深刻な被害をもたらすと指摘されます。最終的に、裁判所や市場に集まる大群衆の混乱や衝突という具体的な社会現象を通して、魂の情念が引き起こす破壊的な悲惨さが描き出されます。
科学・哲学2 チャンク · §1-2–§3-4158 対訳文読む →悪は、それだけで不幸を招くのに十分であるか
Whether Vice is Sufficient to Cause Unhappiness本作は、人間の不幸の真の原因が悪徳(カキア)にあるのか、それとも運命(テュケー)にあるのかを考究する哲学的な小論です。導入部では、宮廷の多忙な生活と対比して、無名で安全な隠遁生活の価値が説かれます。続いて、外的な道具によって人を苦しめる世俗の僭主とは異なり、悪徳は直接人間の魂を破壊し、理性による統治を困難にすることが示されます。後半では、不幸な人生を構築する請負契約をめぐって運命と悪徳が争うという寓意的な比喩が用いられます。筆者は、運命による外的な不運は人間の内なる悪徳があって初めて有効に作用するのであり、悪徳こそが本質的かつ自足的な不幸の作り手であると結論づけています。
科学・哲学2 チャンク · §1-2–§3-5172 対訳文読む →

