ルキアノス
Lucian
ギリシア語 · 弁論・修辞学 · 弁論; 散文・その他文芸 · 諷刺 · 散文・その他文芸
66 作品 · 55,512 対訳文
『お雇い教師』の弁明
"Apology for ""On Salaried Posts in Great Houses"""本作は、かつて富豪に雇われる知識人の悲惨な境遇を批判する著作『雇われ人に就いて』を執筆した著者が、自ら宮廷の公職に就いたという矛盾について弁明する修辞学的作品です。冒頭では、友人サビノスが著者の言行不一致をどのように嘲笑し批判するかを、寓話や悲劇役者の例を交えながら自問自答の形式で辛辣に描き出します。これに対し著者は、運命や貧困を言い訳にする安易な自己弁護を一旦はすべて退けます。その上で、私的な富豪に隷従する「雇われ人」と、公共の利益のために皇帝に仕える「公職」との間には決定的な違いがあると強く主張します。最後に著者は、自らがエジプトで担う重要な公職の具体的な職務を明かし、社会に仕える者は皇帝自身を含めて報酬を得ていることを指摘しつつ、友人からの偏見に対して誇り高く自己の立場を擁護します。
弁論・修辞学4 チャンク · §1-3–§12-15324 対訳文読む →きみは言葉によるプロメテウスだと評した人に
"To One Who Said ""You're a Prometheus in Words"""本書は、著者ルキアノスが他人から「言葉におけるプロメテウス」と評されたことを契機に、自身の文学的な創作態度について語る散文作品である。著者はまず、その比喩が単なる内容の奇抜さや新奇さだけを意味するのであれば、それは真の称賛には値しないと主張する。続いて、歴史上のプトレマイオスが珍奇な見世物を見せて人々に不評を買った逸話を引き合いに出し、芸術における真の価値は単なる珍しさではなく、調和と美にあることを説く。さらに著者は、自身が試みている「対話(ディアロゴス)」と「喜劇」という相反するジャンルの融合について言及する。この試みが不調和な怪物に終わるのではないかという懸念を示しつつも、単なる奇をてらうことのない、美しく調和のとれた創作への決意をもって作品を締めくくっている。
散文・その他文芸2 チャンク · §1-3–§4-7222 対訳文読む →ヘシオドスとの対話
A Conversation with Hesiod本作は、対話者リュキノスと古代の詩人ヘシオドスとのユーモラスな対話を通じて、詩人のインスピレーションや予言能力の実態に迫る散文作品である。冒頭でリュキノスは、ヘシオドスがムーサ(ミューズ)から過去と未来を歌う能力を授かったと主張しながらも、実際には未来の予言を行っていない点を鋭く追及する。これに対しヘシオドスは、詩作は神聖なムーサたちのものであり、自身は一人の羊飼いにすぎないと弁解する。さらにヘシオドスは『仕事と日』に見られる農耕の教えなどを一種の「予言」として提示するが、リュキノスはそれらを単なる日常の常識や教訓にすぎないと一蹴する。最終的に対話は、詩人が持つとされる超自然的な予言能力の不在を暴き、その無知を認めさせる方向へと展開していく。
散文・その他文芸2 チャンク · §1-4–§5-9126 対訳文読む →弁論教師
A Professor of Public Speaking本書は、ローマ帝国期に活躍した風刺作家ルキアノスによる、当時の安易な弁論術やソフィストたちの欺瞞を痛烈に皮肉った風刺作品です。語り手は、弁論家を目指す若者に対し、伝統的な厳しい修行を要する道と、労力をかけずに成功に至る平坦な近道という二つの選択肢を提示します。そして、後者を代表する「美しい弁論教師」を登場させ、古典的教養や知識を一切排除した、安易な成功法則を若者に伝授させます。この教師は、難解な古語の乱用や大げさな身振り、ライバルへの根拠なき酷評、さらには私生活における恥知らずな振る舞いこそが、聴衆を魅了し成功するための秘訣であると説きます。教師自身の卑しい成功談を交えながら語られる不徳な処世術を通じて、当時の言論界の堕落を逆説的かつ滑稽に暴き出す、痛快なパロディとなっています。
散文・その他文芸7 チャンク · §1-5–§24-26735 対訳文読む →あいさつでの失敗について
A Slip of the Tongue in Greeting本作は、著者が朝の挨拶で言葉を言い間違えてしまったという自身の失策をめぐり、ユーモアと博識を交えて展開される弁明の書です。著者は、古代ギリシャにおける代表的な挨拶言葉である「お喜びください(カイレ)」と「お健やかに(ヒュギアイネイン)」の起源や、プラトン、ピタゴラス派、エピクロスらの哲学的な見解を紐解きます。さらにアレクサンダー大王などの歴史的逸話を引き合いに出し、身体の「健康」を願う挨拶がいかに尊ばれ、他の何よりも優先されてきたかを熱っぽく論じます。最終的に著者は、自身の言い間違いが不本意な動揺から生じたものであるとしつつも、結果としてより価値のある「健康」を祈る言葉を口にしたことは、むしろ吉兆であると肯定的に再解釈します。些細な日常の過ちを巧みな弁論と歴史的知見によって高尚な議論へと昇華させる、機知に富んだ構成が特徴です。
散文・その他文芸3 チャンク · §1-4–§12-19299 対訳文読む →本当の話
A True Story本作は、古典古代の作家たちの嘘や誇張を風刺するために、著者自身が最初から「すべて嘘である」と宣言して語る、奇想天外な架空の航海記です。大洋へと乗り出した語り手とその一行は、嵐によって空へと巻き上げられ、月へと到達します。そこで彼らは月の王と太陽の王との宇宙戦争に巻き込まれ、月の奇妙な生態系や風習を目撃することになります。その後、地球に戻るも巨大なクジラに呑み込まれ、その腹の中での数々の部族との戦争を経て、死後の世界である「福者の島」(エリーシオン)を訪れ、ホメロスなどの英雄たちや哲学者たちと交流します。さらに、夢の島や奇妙な海を巡る冒険を重ね、最後は新大陸の手前で難破し、続編を予告する嘘の約束をもって唐突に物語は幕を閉じます。
散文・その他文芸22 チャンク · §1.1-1.5–§2.45-2.472,512 対訳文読む →偽預言者アレクサンドロス
Alexander the False Prophet本作は、友人ケルススからの依頼に応じた著者が、2世紀の小アジアで人々を欺き巨万の富を得た詐欺師、アボノテイコスのアレクサンドロスの生涯と悪行を暴く風刺的な散文作品です。アレクサンドロスは、人並み外れた知能と狡猾さを備え、巨大な蛇のからくり人形を用いて「新生の神グリュコン」の神託所を開設し、熱狂的な信仰を集めます。彼は、手紙の封印を解く独自の偽装技術や曖昧な予言によって、一般庶民からローマの有力者ルティリアヌスに至るまで、社会のあらゆる階層を言葉巧みに欺いていきました。一方で、自らの詐術を見破るエピクロス派やキリスト教徒、さらに著者自身を激しく敵視し、弾圧や暗殺を企てます。著者が仕掛けた罠によってそのペテンが暴露される過程や、著者が九死に一生を得る緊迫した追跡劇を経て、最後はアレクサンドロスの惨めな死と、彼の遺産のゆくえが語られます。
散文・その他文芸14 チャンク · §1-4–§57-611,294 対訳文読む →琥珀または白鳥
Amber or The Swans本作は、詩的な神話を信じることの滑稽さと現実のギャップをユーモラスに描き、自身の弁論への過度な期待を牽制する風刺的な小品です。語り手は、太陽神の息子ファエトンの死を悼む姉妹の涙が琥珀になり、川辺の白鳥たちが美しく歌うというエリダノス川の伝説を信じて現地を訪れます。しかし現地の船乗りたちから、そのような美談は一切存在しないという冷酷な現実を突きつけられ、詩人たちの嘘を信じた自らの愚かさを悟ります。この滑稽な体験談を通じて、語り手はこれから自分の語る言葉に琥珀や白鳥の歌のような美しさを期待しないよう聴衆に警告します。神話的誇張を排し、身の丈に合った語り手としての姿勢を提示する導入的な作品です。
散文・その他文芸1 チャンク · §1-6111 対訳文読む →アナカルシス
Anacharsis or Athletics本作は、アテナイの立法者ソロンとスキュティアの賢者アナカルシスの対話を通じ、ギリシアにおける体育(ギュムナシオン)の意義と教育のあり方を問う対話篇です。スキュティアから訪れたアナカルシスは、アテナイの若者たちが裸で泥や砂にまみれて取っ組み合う姿を狂気と呼び、その目的を疑います。これに対しソロンは、これらの過酷な訓練や競技が単なる見世物ではなく、国家を支える市民の強靱な肉体と健全な精神、ひいては自由と幸福を守るための卓越性(アレテー)を養うものであると反論します。議論は、具体的な運動方法や、日陰の軟弱な身体との対比、さらには実戦における戦闘技術との関係に及び、アナカルシスの冷ややかな皮肉を交えながら深まっていきます。最終的にソロンは、アテナイやスパルタの教育の有用性を説きつつ、次はアナカルシスの母国スキュティアの教育について聞くことを提案し、翌日への対話の継続を約束して散会します。
散文・その他文芸12 チャンク · §1-7–§38-401,076 対訳文読む →占星術について
Astrology本作は、古代の占星術の起源をたどり、その精神的・実用的な価値を擁護する論説である。著者はまず、エチオピア人やエジプト人、バビロニア人といった古代の東方諸民族がどのように天体を観測し、12宮などのシステムを発展させたかを示す。続いてギリシアに目を向け、オルフェウスを起点として、アトレウスやファエトン、エンデュミオンといったギリシア神話の様々なエピソードを、天文学・占星術的な事実の比喩として合理主義的に再解釈していく。最後に、占いを取り巻く古代の状況を振り返りつつ、占星術を「不可能」または「無益」として退ける現代の否定論に反論する。星々の物理的な影響力と占星術がもたらす実用的効用を力説し、その正当性を擁護して作品は締めくくられる。
科学・哲学4 チャンク · §1-7–§23-29343 対訳文読む →バッコス
Bacchus本作は、自身の風変わりな執筆スタイルや作風を擁護し、聴衆の先入観を和らげるために語られるユーモラスな導入演説(プロラリア)である。前半では、ディオニュソスによるインド遠征の神話が活き活きと描かれる。インド人たちは、女性やサテュロス、太鼓やシンバルからなる神の奇妙な軍勢を最初は嘲笑したが、いざ戦いが始まるとその圧倒的な力に驚愕して敗走することになる。後半において、著者はこの神話を自身の言論活動に重ね合わせ、一見すると奇妙に思える自分の作風に対する聴衆の当惑を、インド人の態度に例えてみせる。最後に、老人を雄弁にするという「シレノスの泉」の逸話を紹介しながら、老境に達してもなお語り続ける自身の創作姿勢を自嘲気味かつユーモラスに弁明し、聴衆の理解を求めている。
弁論・修辞学2 チャンク · §1-4–§5-8151 対訳文読む →カロン
Charon or The Inspectors本作は、冥界の渡し守カローンが、生前の人間たちの生活を観察するために地上へとやって来る風刺対話篇である。カローンは伝令神ヘルメースの案内のもと、積み重ねた山々の頂上から人間世界を見下ろす。二人は、富や権力に固執するクロイソス王や僭主たちの姿、そして彼らに待ち受ける悲劇的な運命を観察していく。ヘルメースはカローンに、多忙の中にありながら死や運命の糸に支配されている人間の生の無常さを指し示す。カローンは人間の営みの儚さを水の気泡に例え、大衆に向けて警告を発しようとするが、ヘルメースは無知に陥った人々には届かないとそれを制する。最後に彼らは、栄華を誇った古代都市の遺跡や戦争を眺め、地上の営みの虚しさを深く実感しながら、それぞれの持ち場へと帰っていく。
散文・その他文芸8 チャンク · §1-2–§22-241,286 対訳文読む →デモナクス
Demonax本作は、2世紀の哲学者デモナクス(Demonax)の生涯と人格を、彼が残した数々の機知に富んだ対話や逸話を通じて描いた伝記的な作品です。デモナクスは、特定の学派に捉われることなく、人々に寄り添う温和な哲学を実践した人物として紹介されます。物語の前半では、アテナイの民衆から不敬罪で告訴されるも、機知に富んだ弁明によって逆に絶大な敬愛を勝ち取る劇的なエピソードが語られます。中盤から後半にかけては、衒学的なソフィストや見栄を張る富裕層、偽善者たちに対し、鋭いユーモアと風刺をもって彼らの愚行を諭す数々のやり取りが紹介されます。最期には、大哲学者エピクテトスらとの交流を経て、穏やかに自らの死を迎え、アテナイ市民に深く惜しまれながら葬られる姿が描かれており、彼の自由で愛すべき哲学の精神が鮮やかに浮かび上がります。
歴史・地理6 チャンク · §1-7–§55-67595 対訳文読む →遊女たちの対話
Dialogues of The Courtesans本作は、古代ギリシアの遊女(ヘタイラ)たちの日常生活や恋愛、そして生計を立てるための知恵や苦悩をユーモラスかつ写実的に描いた一連の対話集です。登場するのは、若き遊女たちやその母親、恋人である若者、虚栄心の強い兵士、身勝手な哲学者など、個性豊かな人々です。各対話では、恋人の浮気に対する嫉妬、魔術を用いた復縁の試み、母親による世渡りの厳しい指南、そして男女間の些細な誤解と和解など、人間味あふれる様々なエピソードが生き生きと語られます。時に生活のために打算的になりながらも、本気で恋に悩む彼女たちの姿がコミカルに、かつ哀愁を帯びて描き出されます。それぞれの短編は、古代社会の片隅に生きた人々の赤裸々な本音と、いつの時代も変わらない愛憎劇を鮮やかに浮き彫りにしています。
散文・その他文芸17 チャンク · §1.1-1.2–§15.1-15.32,799 対訳文読む →神々の対話
Dialogues of The Gods本作は、ギリシア神話に登場するオリンポスの神々を主人公に、彼らの極めて世俗的で人間味あふれる日常を描いたユーモラスな対話集です。天上や冥界、地上を舞台に、ゼウスやヘルメス、ヘラ、アポロン、アプロディテといったおなじみの神々が、互いの不満や恋の駆け引きを繰り広げます。物語は、ゼウスの権力に対するアレスの陰口や、多忙な雑務に追われるヘルメスの嘆きから始まります。中盤では、ヘラの激しい嫉妬を買いながらも繰り広げられるゼウスの様々な不倫劇や、神々の風変わりな誕生秘話、神同士の醜い格付け争いが滑稽に描かれます。終盤では、愛の神エロスの強力な力に対する神々の嘆きや、神々が引き起こした騒動の顛末が次々と明かされます。全編を通じて神々の威厳は剥ぎ取られ、嫉妬や虚栄、愚痴に満ちたその姿が、軽妙な会話劇の中に生き生きと映し出されています。
歴史・地理25 チャンク · §1.1-1.2–§25.1-25.22,519 対訳文読む →海の神々の対話
Dialogues of The Sea-Gods本作は、ギリシア神話に登場する海の神々や川の神、風の神たちが織りなす、ユーモラスで活き活きとした対話劇集です。主神ポセイドンをはじめ、海のニンフたち、トリトン、風の神々などが登場し、海辺や水中を舞台に様々な神話的事件が語られます。全15編からなる対話では、サイクロプスのポリュペモスの恋や失明、ゼウスによるエウロペの略奪、ペルセウスによるアンドロメダの救出劇など、おなじみのエピソードが扱われます。これらは神々の当事者や目撃者の視点から、日常的で親しみやすい語り口で描写されます。神々が人間くさい感情や嫉妬、おしゃべりに興じる様子を通じて、壮大な神話の世界が滑稽かつ魅力的に再構成されています。
散文・その他文芸15 チャンク · §1.1-1.5–§15.1-15.41,274 対訳文読む →肖像
Essays in Portraiture本作は、比類なき美しさを持つ女性パンテイアを讃えるため、リュキノスとポリュストラトスの二人が言葉による「肖像画」を作り上げていく対話篇です。冒頭、リュキノスは彼女の肉体的な美しさを表現するために、古代の偉大な彫刻家たちの傑作から最高の特徴を組み合わせることを提案します。さらに、高名な画家たちの色彩やホメロスの詩的表現を取り入れることで、理想的な外見の肖像が完成します。続いて議論は彼女の「魂の美」へと移り、その美声、教養、そして知性をアスパシアやサッフォーといった歴史的・伝説的な女性たちの徳性と比較しながら描き出していきます。最終的に二人は、肉体と精神の肖像を統合し、彼女の真の姿を永遠に伝える一冊の書物を完成させることに合意します。
散文・その他文芸7 チャンク · §1-3–§21-23774 対訳文読む →『肖像』の弁明
Essays in Portraiture Defended本作は、前作における女性への過剰な称賛をめぐり、著者の分身であるリュキノスが弁明を行う対話篇です。友人ポリュストラトスは、称賛された高貴な女性パンテイアが、自身を女神に例えた描写を不敬かつ世辞であるとして拒絶し、改訂を求めていると伝えます。これに対しリュキノスは、卑屈な「諂い」と本質を高める「真の称賛」を明確に区別し、自らの表現を擁護します。彼は、古典詩や美術における比喩と誇張の自由を主張し、人間を神的なものに例えることが伝統的に許容されてきたことを示します。最終的にリュキノスの弁明は完成し、ポリュストラトスがそれを女性のもとへ届ける役割を引き受ける形で対話は幕を閉じます。
弁論・修辞学7 チャンク · §1-6–§25-29743 対訳文読む →痛風
Gout本作は、人間を苦しめる不治の病「痛風」を神格化した女神ポダグラ(Podagra)をめぐる、風刺的かつコミカルな劇作品です。劇は、激しい痛みに悶える語り手が、女神に仕える謎の信徒たちと出会うところから始まります。登場した女神ポダグラは、人間が編み出したあらゆる医療や民間療法、呪術を列挙しては、それらの無力さを嘲笑します。さらに、かつて自らに屈した英雄たちの例を挙げて自身の無敵さを誇示します。最後には、秘薬をもって女神に挑む挑戦者たちが現れますが、その企てはあえなく失敗し、痛風の圧倒的な勝利が宣言されます。病の苦痛をユーモラスに描きつつ、人間の治療への執念とその無力さを浮き彫りにする作品です。
演劇4 チャンク · §1-90–§258-334506 対訳文読む →ハルモニデス
Harmonides本作は、名声を得るための正しい道と、作品を評価すべき真の聴衆について語る短い散文です。物語は、若きアウロス奏者ハルモニデースが、いかにしてギリシア全土で名声を得るべきかを師ティモテオスに尋ねる場面から始まります。師は、大衆を相手にするのではなく、少数の優れた有力者に演奏を認められることこそが、確実かつ迅速に名声を得る近道であると説きます。しかしハルモニデースは、最初の競演の最中に息絶え、その教えを実践することができませんでした。筆者はこの逸話を自分自身に重ね合わせ、目の前にいる知識人たちこそが、ハルモニデースの師の言う「優れた審査員」であると称えます。そして、自らの作品の評価をこの卓越した聴衆に委ねることで作品を締めくくります。
散文・その他文芸2 チャンク · §1-2–§3-4201 対訳文読む →ヘラクレス
Heracles本作は、ケルトの神話的イメージを通じて、言論(ロゴス)の持つ力と老境における知恵の円熟を称える演説です。著者はまず、ケルト人がヘラクレスをオグミオスと呼ばれる老人として描き、その舌から伸びる美しい鎖で人々の耳を引いている奇妙な絵画を紹介します。傍らにいたケルト人の哲学者は、彼らにとってヘラクレスとは言論の力を象徴しており、その言論は老境においてこそ最も真価を発揮するのだと解説します。この深遠な解釈に触発された著者は、自身の高齢に対する不安を払拭します。最終的に著者は、この寓話から勇気を得て、再び聴衆の前で演説を行う強い決意を表明して作品を締めくくります。
弁論・修辞学2 チャンク · §1-4–§5-8156 対訳文読む →ヘロドトスまたはアエティオン
Herodotus or Aetion本作は、ローマ帝国期の言論家ルキアノスによる、自身の言論活動の導入として語られた前座弁論(プロラリア)です。著者はまず、歴史家ヘロドトスが個々の都市を巡る煩わしさを避け、オリンピア競技会で自作を朗読することで一挙に全ギリシア的な名声を得た逸話を紹介します。続けて、この優れた宣伝戦略を模倣した画家アエティオンが、同じくオリンピアで「アレクサンドロスとロクサネの婚礼」の絵画を公開して大絶賛を浴びたエピソードを、絵画の緻密な描写(エクラシス)を交えて生き生きと描き出します。最後に語り手は、これら先達の成功例に自身のマケドニアでの弁論活動を重ね合わせます。そして、集まったマケドニアの聴衆に対して、かつてのオリンピアの観衆のように、自身の言論を好意と理解をもって受け入れてくれるよう熱心に呼びかけます。
弁論・修辞学2 チャンク · §1-4–§5-8151 対訳文読む →ヒッピアスまたは浴場
Hippias or The Bath本作は、同時代の多才な学者であり建築家でもあるヒッピアスが設計・建設した、見事な公衆浴場を称賛する短編の弁論です。著者はまず、言論と実践の双方において優れた歴史上の賢者や技術者たちを引き合いに出し、ヒッピアスの傑出した才能と創意工夫を称えます。続いて、険しい地形に建てられたこの浴場について、共通の広間や脱衣所、冷水・温水の浴槽といった各部屋の機能的な配置や豪華な装飾を克明に描写します。さらに、光や熱を効率的に取り入れる設計や時間表示器などの独創的な設備に焦点を当て、その科学的な配慮を絶賛します。最後に、このような素晴らしい傑作と、それを生み出した制作者の偉業を讃えることは、言論に携わる者の当然の義務であると述べて作品を締めくくります。
弁論・修辞学2 チャンク · §1-4–§5-8187 対訳文読む →歴史はいかに書くべきか
How to Write Historyルキアノスによる本作は、当時流行していた低俗で誇張に満ちた歴史記述の風潮を鋭く批判し、真にあるべき歴史叙述の指針を提示する評論である。著者はまず、戦争を契機に雨後の筍のように現れた、権力者への諂いや安易な詩的装飾、事実の捏造に満ちた不適切な歴史家たちの滑稽な悪例を、風刺とユーモアを交えて次々と暴露する。その上で著者は、歴史の唯一の目的は「真実をありのままに語ること」(aletheia)であり、一時的な快楽ではなく後世への有益さをもたらすことであると主張する。後半では、歴史家が備えるべき資質として、自由で偏見のない精神、政治的洞察力、そして明瞭で一貫した表現力を挙げる。さらに、素材の構成法や過剰な地形描写の抑制など、具体的な執筆技術を解説し、目先の賞賛ではなく未来の真実のために執筆する姿勢を求めて、不朽の名声にまつわる逸話で締めくくられる。
歴史・地理15 チャンク · §1-4–§57-631,309 対訳文読む →イカロメニッポスまたは空飛ぶ人
Icaromenippus or The Sky-man本作は、哲学者メニッポスが鳥の翼を身につけて天界へと旅し、神々の視点から人間社会を風刺する対話篇です。地上の哲学者たちが唱える矛盾だらけの宇宙論に失望したメニッポスは、自ら真実を確かめるために自作の翼で空へと飛び立ちます。途中の月で出会ったエンペドクレスの助けを得て、彼は欲望と欺瞞に満ちた人間の滑稽な営みを俯瞰します。さらに天界へと登ったメニッポスは、月女神の愚痴をゼウスに伝え、神々が人間の身勝手な祈りに耳を傾ける様子や、偽善的な哲学者たちを糾弾する神々の会議を目撃します。最終的に、天界から翼を没収されて地上へと送り返されたメニッポスが、この奇妙な体験談を友人に語る形で物語は締めくくられます。
散文・その他文芸11 チャンク · §1-3–§30-341,066 対訳文読む →レクシファネス
Lexiphanes本作は、過度なアッティカ主義(古代ギリシアの文体模倣)に憑りつかれた文筆家の滑稽さを描いた風刺的な対話篇です。物語は、語り手であるリュキノスが、衒学的なレクシパネスと出会い、彼が書いた難解な古語や珍奇な表現で満ちた宴会の物語を聞かされるところから始まります。レクシパネスの過剰で不自然な言葉遣いに耐えかねたリュキノスは、彼の言葉の病を治療するために医師のソポリスを呼び寄せます。ソポリスが処方した催吐薬によって、レクシパネスは胃の中から奇妙な難語や雅語を次々と吐き出し、言葉の清めを受けます。最後にリュキノスは、見せかけだけの難解さを捨て、古典の真の簡潔さと優雅さを学ぶよう優しく諭します。衒学趣味の極致をユーモラスに描写し、真の言葉の美しさとは何かを問いかける作品です。
散文・その他文芸6 チャンク · §1-3–§22-25721 対訳文読む →メニッポスまたは死霊の教え
Menippus or The Descent into Hades本作は、地上の不道徳や哲学者たちの言行不一致に絶望した主人公メニッポスが、真に正しい生き方を求めて冥界(ハデス)へと旅立つ様子を描いた風刺的な対話篇である。奇妙な変装をして冥界から戻ったメニッポスが、地上で再会した友人に自らの旅の顛末を語る形式で進められる。彼はバビロンの魔術師の案内で冥界へ下り、死者たちが生前の罪を裁かれる様子や、かつての権力者たちが等しく骸骨となって惨めに暮らす光景を目撃する。人間の生を配役の決まった演劇に例え、富や名声の虚しさを悟った彼は、最終的に予言者テイレイシアスから「凡人として現在を楽しんで生きるのが最善である」という教えを得る。そして、地上の富漢たちに対する冥界の厳しい決議を胸に、再び人間世界へと帰還を果たす。
散文・その他文芸7 チャンク · §1-2–§18-22722 対訳文読む →祖国賛美
My Native Land本作は、人間にとって「祖国」がいかに尊く、かけがえのないものであるかを説く弁論作品である。著者はまず、祖国が人間だけでなく神々にとっても神聖な場所であり、あらゆる素晴らしいものの根源であることを主張する。さらに、祖国は人が教育を受け、言葉を習得する出発点としての決定的な重要性を持つとされる。後半では、人が得る富や教育はすべて祖国の公共のために還元されるべきであり、他国でいかに成功を収めても、人々は常に祖国への帰還を強く切望するのだと説かれる。たとえ祖国の土地が貧しく痩せていようとも、土着の市民はそれを深く愛し、戦場や法の場における祖国の絶対的な重みがその尊さを裏付けていることを示して、弁論を締めくくっている。
弁論・修辞学2 チャンク · §1-6–§7-12136 対訳文読む →ニグリノス
Nigrinus本作は、ローマで哲学者ニグリノス(Nigrinus)を訪ねた語り手が、その教えによって精神的な開眼を経験し、その感動を友人に語り聞かせる対話篇形式の風刺作品です。語り手は、ニグリノスの言葉に酔いしれた興奮を表現しながら、彼が語ったアテナイとローマの対照的な生活様式を紹介します。アテナイが質素で自由な知的生活の場であるのに対し、ローマは虚栄、奢侈、そして偽哲学者や追従者たちの悪徳に満ちた退廃の都市として鋭く批判されます。さらに、富者たちの奇行や演劇に例えられる人間の愚行が風刺され、魂の配慮を重んじる真の哲学の価値が称賛されます。結末では、ニグリノスの言葉が魂を射抜く矢のように語り手の心に深く突き刺さったことが示され、話を聞いた友人もまたその教えを慕うようになります。
科学・哲学8 チャンク · §prologue-4–§35-38797 対訳文読む →長寿者
Octogenarians本作は、歴史上の長寿者たちの事例を集め、適切な養生法や自己管理と長寿との結びつきを説く散文作品である。著者は、夢の神託に従い、友人であるクインティルスの誕生日に贈る記念の書として本作を執筆したことを明かし、論考の構成を提示する。本論ではまず、タルテッソスやシケリア、ペルシアなど様々な地域で活躍した、長寿の王や支配者たちの寿命や事績が次々と列挙される。続いて、優れた自己管理によって極めて長い老年に達した東方の諸王や、高名な哲学者たちの寿命と最期に焦点が当てられる。さらに、歴史家、弁論家、詩人、文法学者、立法者といった多様な文化人たちの長寿にまつわる具体的な逸話が紹介される。最後に、ローマ人の長寿事例についてはまた別の著作で詳しく扱うことを予告して、本作は締めくくられる。
散文・その他文芸4 チャンク · §1-7–§22-29363 対訳文読む →哀悼について
On Funerals本作は、死に対する一般大衆の過度な嘆き悲しみと、その背景にある滑稽な冥界観や不合理な葬儀の習慣を痛烈に風刺した散文作品です。著者は、暗黒の冥界ハデス(Hades)をめぐる神話的なイメージや、死後の処遇に対する人々の誤解をユーモラスに解き明かします。さらに、死者の口にコインを挟むことや、過度な装飾、生者による大げさな哀悼など、不条理な葬礼の数々を次々と批判していきます。中盤では、亡くなった若者が父親の前に現れて、死によって地上の苦痛から解放された幸福を語るという架空の対話が提示され、生者の誤解が浮き彫りにされます。最後に、様々な民族の奇妙な埋葬習慣や、忌明けの会食での生者の滑稽な振る舞いを皮肉交じりに描き、死をめぐる人間の盲信と愚行を鋭く照らし出しています。
散文・その他文芸4 チャンク · §1-6–§19-24339 対訳文読む →供犠について
On Sacrifices本作は、古代の人々が神々に対して行う滑稽な犠牲(サクリファイス)の儀式や、神々を人間のように欲深く気まぐれな存在とみなす迷信的な信仰を鋭く風刺する散文作品です。著者は、アルテミスやアポロンといった神話の具体例を引きながら、人々の信心深さがはらむ自己矛盾を皮肉交じりに告発します。前半では、詩人たちが語る神々の見苦しいスキャンダルや受難を列挙し、天界の神々が人間からの供物を待ちわびている様子をユーモラスに描き出します。中盤から後半にかけては、人間が独自の思い込みで神殿を建てて神像を造り出す独断的な宗教行為や、ギリシアおよび周辺諸民族の凄惨かつ滑稽な犠牲の儀式、さらにはエジプトの奇妙な動物崇拝を次々と批判していきます。最終的に著者は、これら人間たちの独善的で盲目的な信仰行為は、理性の目から見れば笑い飛ばすか嘆くほかないものであると結論づけます。
散文・その他文芸4 チャンク · §1-4–§12-15257 対訳文読む →お傭い教師
On Salaried Posts in Great Houses本作は、富豪の邸宅に報酬を求めて雇われる知識人や哲学者たちの、華やかな外見の裏に隠された悲惨な実態を暴き出す風刺的な散文作品である。語り手ルキアノスは、甘い言葉に釣られようとしている友人ティモクレスに対し、彼らが自ら進んで隷属の軛に身を投じることの愚かしさを鋭く批判する。作品では、採用前の屈辱的な口頭試験に始まり、初めての晩餐会での周囲からの嘲笑や監視、主人の行列の引き立て役としての過酷な労働など、雇われ知識人が直面する現実が具体的に活写される。旅先で女主人の愛犬の世話を押し付けられるといった滑稽な逸話も交えつつ、彼らが人間としての自由と尊厳をいかに奪われていくかが段階的に描かれる。最後には、理不尽な理由で解雇され、無一文のまま病と悪評だけを得て追い出されるという悲惨な末路が提示され、このような生き方を罠に満ちた寓意画に例えて友人に警告を与えて締めくくられる。
散文・その他文芸14 チャンク · §1-3–§40-421,276 対訳文読む →パラリス
Phalaris本作は、シケリアのアクラガスを支配した悪名高き僭主ファラリスを巡る、二部構成の修辞学的な演説(疑似弁論)です。第一部では、ファラリスの使節がデルポイの神殿に到着し、主君が残酷な暴君であるという世間の悪評に対して熱烈な弁明を行います。使節は、ファラリスの苛烈な処置が陰謀から身を守るためのやむを得ない自己防衛であったと主張し、悪名高い刑罰装置「ファラリスの牡牛」の考案者を最初の犠牲者とした正義の顛末を語って、この牡牛をアポロンへの奉納品として受け入れるよう求めます。第二部では、これを受けたデルポイの市民の一人が弁論を引き継ぎます。彼は、奉納品を審査・拒絶することは神殿の伝統的な中立性を損ない不敬虔を招くと警告し、神殿の繁栄のためにも牡牛の奉納を無条件で受け入れるべきだと同胞に訴えかけます。
弁論・修辞学6 チャンク · §1.1-1.3–§2.8-2.13506 対訳文読む →哲学諸派の競売
Philosophies for Sale本作は、神々の王ゼウスと伝令神ヘルメスが、様々な学派の哲学者たちを奴隷市場のように競売にかける風刺的な対話篇です。競売には、魂の浄化や数の調和を語るピュタゴラスや、過激で質素な生活を説く犬儒派のディオゲネスが登場し、それぞれ買い手との間でコミカルな対話が交わされます。さらに、万物の無常を嘆くヘラクレイトスと笑うデモクリトス、イデア論を主張するソクラテスなどが次々と出品され、高値で落札される者もいれば売れ残る者も現れます。中盤以降は、快楽主義のエピクロス派や、詭弁やパラドックスを繰り出すストア派のクリュシッポスらが競われ、買い手たちを翻弄していきます。最後に逍遙学派や判断保留(エポケー)を説く懐疑学派が落札されることで、当時の主要な哲学思想の教理がユーモラスに暴き出されたまま、賑やかな競売は幕を閉じます。
散文・その他文芸7 チャンク · §1-5–§26-271,743 対訳文読む →プロメテウス
Prometheus本作は、ギリシア神話のチタン神族プロメテウスが、ゼウスの命によってカウカソス山で磔刑に処される際、自身の無罪を訴えて展開する弁明をユーモラスに描いた対話篇です。執行人であるヘルメスに対し、プロメテウスは告発された3つの罪、すなわち「肉の分配における欺瞞」「人間の創造」「火の窃盗」について、理路整然と反論を試みます。彼はまず、肉の分配への不満はゼウスの器の狭さを示しているにすぎないと批判します。次に、人間の創造が地上に秩序と美をもたらし、結果として神々への崇拝を増した功績を論じます。さらに、火の窃盗が神々を何ら損ねておらず、むしろ人間に技術と繁栄を与えたと弁護します。最後に、自らがゼウスの運命を左右する重大な秘密を握っており、将来的に解放される運命にあることを予告して、堂々とした態度で弁明を締めくくります。
散文・その他文芸5 チャンク · §1-4–§18-21591 対訳文読む →サトゥルナリア
Saturnalia本作は、冬の祝祭サトゥルナリア(クロニア祭)を舞台に、貧富の不平等という社会的な問題をユーモラスかつ風刺的に描いた対話と書簡形式の作品です。冒頭では神官がクロノス神と対話し、黄金時代の意義や祝祭の起源が語られ、続いて祝祭における平点を規定する「祝祭の法」が公布されます。物語の中盤では、貧しい人々が神に手紙を送り、富者たちからの不当な差別と極端な格差を告発します。これに対し、クロノス神は富者の生活の空虚さを指摘して貧者を慰めると同時に、富者に向けて祝祭の間の寛容と財産の分与を促す手紙を送ります。最終的に富者たちからは貧者のマナーへの不満が漏らされるものの、一定の支援を約束する返書が送られます。本作は、お祭りの狂騒を通じて、富の分配と人間社会の理不尽さを鋭い対比とともに浮き彫りにしています。
散文・その他文芸10 チャンク · §1-4–§35-391,099 対訳文読む →悪口について
Slander本作は、人間の無知が生み出す「誹謗(中傷)」という害悪の恐ろしさと、それに対抗する理性の重要性を説いた倫理的な論考です。著者は、古代エペソスの画家アペレスがライバルに中傷された逸話を引き、彼が描いた「誹謗」の寓意画(ミダス王のような耳の男や、擬人化された無知、嫉妬、後悔など)の詳細な描写から議論を始めます。宮廷や権力闘争の場で横行する誹謗の手口を分析し、中傷者が聞き手の弱点に合わせて事実を歪める巧妙な技術や、優れた者が標的になりやすい事実を明らかにします。プトレマイオスやアレクサンドロス大王の宮廷における具体的な歴史的犠牲者の例を引きつつ、お世辞や中傷がどのように人の心を蝕み、人間関係を破滅に導くかを城の包囲戦に例えて描写します。最終的に、軽々しく噂を信じることの危険性を警告し、中傷に直面した際には理性を門番として据え、客観的な真実を自ら厳密に吟味すべきであると結びます。
科学・哲学6 チャンク · §1-4–§25-32544 対訳文読む →饗宴またはラピタイ人
The Carousal or The Lapithsルキアノスによる本作は、哲学者の言行不一致と滑稽な本性を鋭く諷刺した対話篇形式の作品です。物語は、前日にアリスタイネトス邸で行われた婚礼の祝宴で大乱闘が起きたという噂を聞いたフィロンが、現場に居合わせたルキノスに詳細を尋ねるところから始まります。ルキノスは、宴席に招かれたストア派、エピクロス派、プラトン派など様々な学派の哲学者たちが、席順を争い、卑しい振る舞いを重ねていく様子を語り出します。犬儒派の乱入や、招かれなかった哲学者からの恨み言の手紙、料理の配分をめぐる醜い争いなどによって宴会は混乱を極め、やがて言葉の応酬から暴力沙汰へと発展していきます。最終的に、暗闇の中で哲学者たちの偽善的な醜態が完全に暴かれ、祝宴は文字通りラピタイ人の戦いのような大混乱のうちに幕を閉じます。読者は、高尚な倫理を説く知識人たちが、欲望や虚栄心によって容易に理性を失い、獣のように争う喜劇的な顛末を目撃することになります。
散文・その他文芸9 チャンク · §1-5–§44-481,099 対訳文読む →子音裁判
The Consonants at Law本作は、ギリシア文字の「シグマ」が、同じく子音の「タウ」を相手取り、母音たちが構成する裁判所の前で不法行為を告訴する風刺的な模擬弁論です。シグマは、タウがギリシア語の様々な単語において自分の音を不当に奪い取ったと主張し、文字の世界の秩序を揺るがすタウの越権行為を厳しく告発します。訴えのなかでシグマは、言葉から自分の音を駆逐したタウの罪状を、具体的な単語の例を挙げながら暴露していきます。さらにその非難は言語の領域に留まらず、タウの文字の形状が恐ろしい処刑道具である十字架の起源となり、人間に害悪をもたらしたことへと及びます。最終的にシグマは、タウが自らの文字の形にふさわしく処刑されるべきだと強く要求して演説を締めくくります。
弁論・修辞学2 チャンク · §1-7–§8-12207 対訳文読む →蘇ってきた哲学者
The Dead Come to Life or the Fisherman本作は、哲学の真髄と、それを騙る偽善的な偽哲学者たちへの痛烈な風刺をコミカルに描いた対話篇です。かつての偉大な哲学者たちの亡霊が、自分たちを侮辱したとして主人公パルレーシアデース(「率直に語る者」)を捕らえ、処刑しようとするところから物語は始まります。パルレーシアデースは自らの正当性を訴え、擬人化された「哲学」や「真理」の立ち会いのもと、アクロポリスでの法廷対決を提案します。裁判の中で彼は、自分が批判したのは高潔な先代たちではなく、その名を騙って私利私欲を貪る偽哲学者たちであると弁明し、見事に無罪を勝ち取ります。後半では、無罪となった彼が金貨や干しイチジクを餌にしてアクロポリスの崖から「偽哲学者を釣り上げる」という奇想天外な方法で彼らの本性を暴き、処罰していきます。最後には、本物と偽物を見極める任務を託されて旅立つ姿が描かれ、笑いの中に鋭い批評性を残して幕を閉じます。
散文・その他文芸13 チャンク · §1-4–§49-522,034 対訳文読む →渇きをもたらす毒蛇について
The Dipsads本作は、リビアの砂漠に生息する恐ろしい毒蛇「ディプサス(Dipsas)」を導入として、自らの弁論への情熱を聴衆に語りかける散文作品です。前半では、極めて過酷なリビア南部の自然環境と、そこに生きるガラマンテス人の狩猟生活が活写され、噛まれると決して癒えない渇きに苦しむという毒蛇ディプサスが紹介されます。続く中盤では、その毒が水を飲むことでさらに活性化するという奇妙な病理が、犠牲者の悲劇的な墓碑銘とともに語られます。最終的に著者は、この奇妙な蛇の生態を比喩として用い、自身の弁論に対する飽くなき情熱をディプサスの「渇き」に、そして自身を惹きつけてやまない聴衆を「清らかな水」に重ね合わせます。奇抜な博物学的描写から、聴衆への洗練された敬意の表明へと至る、独創的な構成の小品です。
散文・その他文芸2 チャンク · §1-4–§5-9183 対訳文読む →二重に訴えられて
The Double Indictment or Trials by Jury本作は、天上と地上のアテナイを舞台に、神々が滞った裁判を処理するために開催した法廷劇を通じて、当時の哲学諸派や言語芸術の欺瞞を鋭く風刺する対話篇です。物語は、神々の労苦を嘆くゼウスが、正義の女神ディケ(Dike)とヘルメスをアテナイのアレイオス・パゴスに派遣し、様々な訴訟を裁かせることから始まります。開廷された法廷では、「酩酊」対「アカデメイア」、「ストア」対「快楽(ヘドネ)」など、擬人化された学派や概念たちが滑稽かつ弁証法的な告発と弁論を繰り広げます。最後に、かつて「弁論術」を修めながらもそれを捨てて「対話(ダイアロゴス)」へと転向した「シリア人」(作者自身を投影した人物)が被告として登場します。シリア人は、難解で退屈だった「対話」を天上の崇高な哲学から引きずり下ろし、喜劇やユーモアを融合させて大衆に親しみやすい形に変貌させたのだと自らの正当性を主張します。この自己擁護の弁論が圧倒的な支持を得て勝利することで、作品は作者自身の創作活動のあり方を肯定しつつ幕を閉じます。
散文・その他文芸12 チャンク · §1-2–§33-351,408 対訳文読む →下界への旅または僭主
The Downward Journey or The Tyrant本作は、冥界への旅路とそこでの裁判を舞台に、地上の富や権力の虚しさと死の絶対的な平等をユーモラスに描いた風刺的な対話篇です。物語は、冥界の渡し守カロンや運命の女神クロトが待つ中、伝令神ヘルメスが死者たちの魂を連れて到着する場面から始まります。生前の富に執着し見苦しく抵抗する僭主メガペンテスに対し、犬儒学派の哲学者キュニスコスや貧しい靴仕立て屋ミキュロスは、死を軽やかに受け入れ、権力者の虚飾が剥ぎ取られる様子を痛快に笑い飛ばします。渡し船で冥界に到着した死者たちは、裁判官ラダマンテュスの前に引き出されます。潔白を証明された哲学者と靴屋が放免される一方、僭主はその悪行を愛用のベッドやランプに告発されて有罪となります。最終的に僭主は忘却(レテ)の水を飲むことを禁じられ、かつての栄華の記憶を持ったまま永遠に苦しむという皮肉な罰を下されます。
散文・その他文芸8 チャンク · §1-3–§26-291,311 対訳文読む →夢またはルキアノス小伝
The Dream or Lucian's Career本作は、若き日の語り手(ルキアノス自身とされる)が、将来の道として手仕事(彫刻術)と学問・教養(パイデイア)のどちらを選ぶべきか葛藤し、夢の中でその選択を行う様子を描いた散文作品です。物語は、学校を終えたばかりの主人公が、家族の勧めによって石彫師の叔父に弟子入りする場面から始まります。しかし、最初の仕事で大失敗をして激しく折檻された主人公は、泣きながら逃げ帰り、その夜に不思議な夢を見ます。夢の中では、手仕事としての彫刻を象徴する粗野な女性と、精神的な教養を象徴する気品ある女性が、彼を自分の道へと引き込もうと激しい論争を繰り広げます。教養の女神は、手仕事がもたらす肉体的労働の過酷さと卑屈さを警告し、一方で学問がもたらす精神的豊かさ、社会的名声、そして不滅の栄光を約束します。最終的に主人公は教養の道を選択し、翼のある馬車に乗って世界を飛び回るという壮大なビジョンを目にします。語り手はこの自身の夢を若者たちに語ることで、貧しさに負けず、高い志を持って学問の道を歩むよう、未来の世代に向けて力強いエールを送って作品を締めくくります。
散文・その他文芸4 チャンク · §1-5–§14-18359 対訳文読む →夢またはにわとり
The Dream or The Cock本作は、富と貧困のどちらが真の幸福をもたらすのかという普遍的な問いを、ユーモラスな対話形式で描いた風刺作品です。貧しい靴修理屋のミキュロスは、金持ちになる甘美な夢を飼い鶏の鳴き声に邪魔され激怒しますが、その雄鶏がかつて哲学者ピタゴラスなど様々な生を経験した転生者であると知り驚愕します。二人は富の価値について議論を交わし、雄鶏は自らの転生経験から、外見の華やかさとは裏腹に支配者や富豪がいかに不安や陰謀に満ちた不幸な生活を送っているかを説きます。さらに雄鶏は、他人の家に忍び込める不思議な羽をミキュロスに与え、実際に富裕な者たちの醜く悲惨な私生活を覗き見させます。様々な金持ちの実態を目の当たりにしたミキュロスは、最終的に、貧しくとも不安のない自身の平穏な暮らしの価値を再認識するに至ります。
散文・その他文芸11 チャンク · §1-3–§29-331,618 対訳文読む →エウヌコス
The Eunuch本作は、国家から支給される高額の哲学講義職の継承をめぐり、二人の人物が繰り広げる滑稽な裁判を描いた対話篇です。物語はパンフィロスとルキノスの対話という形で進み、ルキノスがアゴラで目撃した、逍遥学派のディオクレスと宦官バゴアスの論争が語られます。ディオクレスは、バゴアスが宦官であることを理由に、彼には哲学を講じる資格も公的な活動を行う権利もないと主張して攻撃します。これに対しバゴアスは、哲学とは肉体ではなく魂を吟味するものであると反論し、過去の事例を挙げて自らを擁護します。しかし、バゴアスが過去に姦通罪に問われていたという暴露がなされると、裁判は彼に男性機能があるか否かという、身体検査をめぐる極めて滑稽な議論へと迷走します。最終的に、困惑した裁判官たちは自ら裁決を下すことを避け、この奇妙な訴訟の最終判断をローマの皇帝に委ねることに決定します。
散文・その他文芸3 チャンク · §1-4–§9-13286 対訳文読む →蠅の讃歌
The Fly本作は、一般に卑小で不快なものとみなされる「蝿(ハエ)」をあえて称賛の対象とする、ユーモアに満ちた修辞的弁論である。語り手は、蝿の身体的特徴や生態、行動を詳細に観察しながら、その多様な美点や能力を次々と挙げていく。前半では、蝿の小さくも美しい身体構造や特徴的な羽音、光を愛する性質が解剖学的な視点も交えて説明され、ホメロスの叙事詩からその不屈の勇気を称える文学的事例が引用される。後半では、交尾の自由や、灰によって蘇るという驚異的な生命力が語られ、さらに神話や歴史に登場する「ムイア」の名を持つ女性たちの逸話が紹介される。卑小な昆虫を弁論術の限りを尽くして賛美する本作は、一見価値のないテーマからいかに説得力のある美辞麗句を構築できるかという、修辞学の洗練された知的遊戯を読者に示している。
弁論・修辞学2 チャンク · §1-5–§6-12217 対訳文読む →シリアの女神
The Goddesse of Surrye本作は、古代シリアの聖なる都市ヒエラポリス(Hierapolis)に鎮座する「シリアの女神」の神殿と、そこに伝わる熱狂的な宗教儀礼を一人称の視点から描いた地誌・ルポルタージュです。著者は、フェニキア各地の古い神殿を巡ったのち、最も神聖とされるヒエラポリスの神殿の起源について諸説を検証します。その過程で、神殿再建を託された美青年コンバボス(Combabus)が、王妃ストラトニケとの不倫の疑いを避けるために自ら去勢し、のちに無実を証明するドラマチックな伝説が語られ、これが去勢神官「ガッロス(Galloi)」の起源として示されます。後半では、男根(ファロス)を模した巨大な柱に登る修行や、絢爛な神像、自ら動くアポロン像などの奇蹟が克明に描写されます。さらに、自己去勢を伴う狂信的な儀式や、巡礼者が守るべき禁忌、髪や髭を奉納する独自の慣習が紹介され、古代オリエントの異教崇拝の生々しい実態が余すところなく読者に提示されます。
歴史・地理12 チャンク · §1-6–§52-601,488 対訳文読む →広間について
The Hall本作は、美しく装飾された大広間(ホール)が、その中で行われる弁論にどのような影響を与えるかという問題をめぐる、修辞学的な対話および演説形式の作品です。物語の前半では、美しい空間が語り手のインスピレーションを刺激し、演説の熱意を呼び起こすという肯定的な視点が称賛を交えて提示されます。しかし中盤に差し掛かると、豪華すぎる空間はかえって聴衆の注意をそらし、言論そのものの価値を妨げるという対抗弁論が提起されます。後半では、視覚が聴覚に対して持つ強力な支配力が示され、ホールの壁面に描かれたペルセウスやオレステス、メディアなどの数々の神話絵画の鮮やかな描写(エクフラシス)が展開されます。最終的に、視覚的な美が語り手と聴衆に与える圧倒的な影響力を認めつつ、修辞的な論争の妙味を示して締めくくられます。
弁論・修辞学6 チャンク · §1-4–§23-32529 対訳文読む →無学なくせにやたらと本を買い込む輩に
The Ignorant Book Collector本作は、教養がないにもかかわらず見栄や虚栄心から大量の書物を買い集める男を、語り手が痛烈に批判する風刺的な散文作品です。冒頭では、書物を所有することと真の教養(パイデイア)を身につけることは無関係であるとし、楽器や武具、贅沢な靴などの具体的な比喩を用いて、男の行動の滑稽さを論理的に証明します。中盤では、実力がないのに高価な道具や歴史的遺物に頼って失敗した人々の滑稽な逸話が次々と紹介され、中身を理解せずに本を集めることの無意味さが強調されます。さらに終盤に向けて、男が本を集める裏の目的が皇帝の歓心を買うためであることを見抜き、男のふしだらな私生活や虚栄心を容赦なく暴露します。最後は、飼い葉桶の犬の比喩などを交え、本を買い集めるのをやめて自らの身の丈に合った生活を送るべきだと厳しく忠告して締めくくられます。
散文・その他文芸7 チャンク · §1-4–§26-30751 対訳文読む →女神の審判
The Judgement of Goddesses本作は、ギリシア神話の有名なエピソード「パリスの審判」をユーモラスな対話劇として描いた散文作品です。物語は、主神ゼウスが伝令使ヘルメスに対し、ヘラ、アテナ、アプロディテの三女神をフリュギアの羊飼いパリスのもとへと案内し、誰が最も美しいかを判定させるよう命じる場面から始まります。イデ山へと向かう道中、女神たちはパリスの素性についてヘルメスと対話を交わします。現地に到着すると、困惑するパリスに対して審査が始まり、彼はより正確な判定のために女神たちに衣服を脱ぐよう求めます。ヘラはアジアの支配権を、アテナは戦いでの勝利を提示して彼を買収しようとしますが、パリスはこれらを拒絶します。最終的に、スパルタの美女ヘレネとの結婚と愛の神々の助力を約束したアプロディテがパリスの心を射止め、美の象徴である林檎を手に入れます。
散文・その他文芸4 チャンク · §1-4–§13-16684 対訳文読む →嘘好き人間
The Lover of Lies or The Doubter本作は、人間がなぜ実用のない嘘を愛し、迷信に惑わされるのかという問題を扱う対話篇です。語り手である合理主義者のチュキアデス(Tychiades)が友人フィロクレスに、病床の哲学者エウクラテスの邸宅で見舞い客たちが大真面目に語り合っていた奇妙な体験談を報告する形で進行します。邸宅に集まった高名な哲学者や医師たちは、魔術的な治療法や、夜間に動き出す彫刻、冥府への臨死体験、さらには呪文で動くすりこぎといった荒唐無稽な怪談を次々と披露します。チュキアデスはそれらに対して合理的な疑念を呈し、迷信の愚かしさを鋭く批判しますが、周囲からは不信心だと非難されてしまいます。最終的に、嘘と妄想に満ちたその場に耐えかねて退散したチュキアデスは、嘘の害毒から心を守るためには「真実」と「正しい理性(ロゴス)」こそが唯一の解毒剤であることを友人とともに確認し、対話を締めくくります。
散文・その他文芸12 チャンク · §1-3–§37-401,311 対訳文読む →偽批評家
The Mistaken Critic本作は、ギリシア語の「アポプラス(apophras, 不吉な)」という言葉の解釈をめぐる論争を端緒に、ある無教養で破廉恥なソフィストの欺瞞と悪徳を痛烈に告発する風刺的な散文作品です。語り手は、擬人化された弁駁の神「エレンコス(Elenchos)」を召喚し、かつてこのソフィストがオリンピアで犯した剽窃と失態を暴露します。さらに、ローマでの再会時に生じた言葉の誤用をめぐるやり取りから、相手の徹底的な教養不足を証明します。弾劾の矛先は言葉の誤用のみならず、相手が各地で引き起こした性的な醜聞や倫理的退廃、さらには被告の「舌」自らが持ち主を告訴するという奇妙な法廷劇にまで及びます。最後は、不名誉な方法で得た富で快楽に溺れる姿勢を厳しく批判し、これ以上の不敬を慎み自己を省みるよう、悲劇の引用をもって警告して幕を閉じます。
散文・その他文芸8 チャンク · §1-3–§30-32841 対訳文読む →食客
The Parasite: Parasitic an Art本作は、他人に養われて生きる「寄食者」の生き方を、哲学や弁論術を上回る最高の「技術(テチネー)」として正当化しようとする、テュキアデスとシモンの滑稽な対話篇です。まともな職業を持たないシモンに対し、対話相手のテュキアデスがその生き方を非難することから議論が始まります。しかしシモンは、ストア派の定義やホメロスの詩を巧みに引用しながら、「寄生術」こそが苦痛なしに最大の快楽をもたらす極上の技術であると反論します。さらに彼は、名だたる哲学者たちの偽善や戦場での臆病さを暴き、寄食者こそが心身ともに健全で勇敢、かつ実社会において有用であると主張します。最後には、その徹底した弁舌に圧倒されたテュキアデスが納得し、寄生術の最初の弟子になることを決意して対話は幕を閉じます。
散文・その他文芸13 チャンク · §1-2–§57-611,743 対訳文読む →神々の対話
The Parliament of the Gods本作は、天上の神々の地位や威信が脅かされている現状をめぐり、オリンポスで開かれた神々の議会を描く風刺的な対話篇です。主神ゼウスが主催する会議において、手厳しい批判で知られる神モモス(Momos)が発言権を得て、天界に蔓延する偽りの神々を次々と告発していきます。モモスは、人間出身のディオニュソスやその奇妙な従者たち、ヘラクレスやアスクレピオスといった半神たちの天界入りを非難し、ゼウス自身の奔放な女性関係がその原因であると糾弾します。さらに彼の批判は、東洋の異邦の神々やエジプトの獣頭の神々、そして哲学者たちが作り出した「運命」などの空虚な概念にまで及びます。最終的にモモスは、これら不法な神々を排除するための具体的な法案を読み上げ、ゼウスがこれを承認して全員に厳格な身元審査を命じることで、天界の秩序回復へと向かいます。
散文・その他文芸4 チャンク · §1-4–§14-19453 対訳文読む →ペレグリノスの最期
The Passing of Peregrinus本書は、キニコス派の哲学者ペレグリノス(プロテウス)が、名声と虚栄心のためにオリンピアで自焚を遂げた事件を、著者のルキアノスが友人クロニオスに宛てた書簡形式で描き出す風刺作品です。語り手は、ペレグリノスを熱狂的に支持する人々の主張を紹介しつつ、彼の過去の欺瞞に満ちた経歴を暴露します。若き日の悪行から、パレスチナでのキリスト教徒の盲信を利用した詐欺、故郷での財産放棄、そして各地での奇行と追放に至るまで、ペレグリノスの歩みが辛辣に明かされます。オリンピアの地でついに自焚が実行されると、語り手は彼の死を冷ややかに見届けるとともに、群衆や弟子たちが奇跡を信じ込んでいく盲信ぶりを嘲笑します。最後に、生前の彼の卑屈な実態を暴露し、人間の虚栄心と大衆の愚かさを痛烈に批判して物語を締めくくります。
散文・その他文芸9 チャンク · §1-5–§40-45939 対訳文読む →逃亡者たち
The Runaways本作は、哲学者の身なりを真似て私利私欲を貪る「偽哲学者」たちの欺瞞を暴き、神々が彼らを裁く様子をコミカルに描いた風刺対話篇です。物語は、アポロンとゼウスのもとへ、人間たちの不当な扱いに苦しむ擬人化された「フィロソフィア(哲学)」が涙ながらに駆け込んでくる場面から始まります。フィロソフィアは、かつてインドからギリシアへと至る自身の苦難の旅路を振り返るとともに、特にキュニコス派を騙る不道徳な偽哲学者たちの実態を激しく糾弾します。事態を重く見たゼウスは、ヘルメスとヘラクレスにフィロソフィアを同行させ、偽哲学者たちを処罰するために地上へと派遣します。トラキアへと降り立った一行は、逃亡した偽哲学者たちを捜索し、最終的に彼らが元々奴隷や卑しい労働者であったことを見破って、それぞれ元の仕事へと連れ戻す判決を下します。
散文・その他文芸6 チャンク · §1-5–§29-33856 対訳文読む →スキュティア人またはプロクセノス
The Scythian or the Consul本作は、スキティアの賢人たちがギリシアのアテネ(アテナイ)で偉大な導き手を見出した逸話を通じ、新たな土地で保護者を得ることの重要性を描く散文作品です。物語は、アテナイで神格化されたスキティアのトクサリスが、同胞のアナハルシスと再会する場面から始まります。トクサリスは、慣れない土地で当惑するアナハルシスのために、アテナイの体現者とも言える名高き賢者ソロンを紹介します。ソロンとアナハルシスは深い師弟関係を結び、ギリシア全土で名声を博することになります。しかし、話はここで歴史的な逸話から語り手自身の経験へと転じます。語り手は、自分がマケドニアの都市に初めて到着した際の驚きをアナハルシスの境遇に重ね合わせます。そして、新たな環境での保護を求め、市民から紹介された有力な親子と友人になることの計り知れない価値を説いて結ばれます。
散文・その他文芸4 チャンク · §1-3–§10-11391 対訳文読む →船または願い事
The Ship or The Wishes本作は、ペイライエウス港で巨大なエジプトの穀物船を見学した四人の友人、ルキノス、ティモラオス、サミッポス、アデイマントスが、アテナイへ歩いて戻る道すがら繰り広げるコミカルな対話篇です。はぐれていたアデイマントスが、件の巨船を我が物にするという誇大妄想に耽っていたことをきっかけに、彼らは順番に「神々への最大の願い事」を披露し合うゲームを始めます。アデイマントスは尽きることのない富と豪奢な生活を、サミッポスは軍隊を率いてペルシアを征服する王となることを、そしてティモラオスは不老不死や超自然的な魔力をもたらす指輪を求め、各自の願望を肥大化させていきます。しかし、現実主義的なルキノスは彼らの途方もない妄想に対し、富や権力がもたらす現実の苦悩、病や死から逃れられない人間の限界を鋭く、時に皮肉を交えて指摘します。物語は、アテナイへの到着とともに妄想の時間が終わり、現実へと引き戻される友人たちの愚行をルキノスが優しくも冷徹に笑い飛ばすことで幕を閉じます。
散文・その他文芸11 チャンク · §1-4–§44-461,208 対訳文読む →ソロイキステス
The Solecist本作は、言葉の誤用や文法上の誤り(破格、ソロイキズム)をめぐり、形だけの教養を誇る人々を風刺的に描いた対話篇です。主人公のリュキノスと、自称「文法学者」の対話相手とのやり取りを中心に物語が展開します。冒頭でリュキノスはわざと文法的な誤りを混ぜて話しかけますが、教養を誇る相手はそれに全く気づかず、自らの無知を露呈してしまいます。中盤では、エジプトで出会った哲学者ソクラテスがいかに人々の誤った言葉遣いをユーモアと優しさをもって正したかというエピソードが紹介されます。後半では、さらに具体的な前置詞の使い方、動詞の能動態と中動態、語彙のニュアンスの違いといった文法的な議論が重ねられます。最終的に、言葉を正しく用いることの重要性と、虚飾に満ちた知識の空虚さを暴き出しながら対話は締めくくられます。
科学・哲学4 チャンク · §1-4–§10-12729 対訳文読む →僭主殺し
The Tyrannicide本作は、架空の訴訟事件を題材にした弁論(デクラマティオ)形式の修辞的作品である。ある男が、僭主の息子を殺害し、その結果として僭主本人をも自殺に追い込んだとして、「僭主殺し」の報酬を請求する。法廷に立つ男は、いかに過去の支配が過酷であったか、そして実質的な支配者であった息子を倒したことが重要であるかを説く。相手側からは「直接僭主を殺していない」という反論がなされるが、弁論者は「死の原因を提供した者」こそが真の立役者であると主張する。彼は、息子を失った僭主が絶望して自決するにいたる一連のドラマを自身の完璧な計画として描き出し、国家に自由と民主政をもたらした功績への報酬を要求する。
弁論・修辞学6 チャンク · §0-4–§19-22721 対訳文読む →ティモンまたは人間嫌い
Timon or The Misanthrope本作は、かつて巨万の富を施しながらも、没落した途端にすべての人々から見捨てられ、人間嫌い(ミーサントローポス)となったアテナイの男ティモンを主人公とする風刺的な対話篇です。かつての恩を忘れた世人に絶望し、荒野で耕作しながら神々に抗議するティモンに対し、ゼウスは哀れみを抱き、ヘルメスと富の神プルトス(Plutos)を派遣して再び富を授けるよう命じます。一度は拒んだものの説得を受け入れて大量の黄金を手に入れたティモンは、二度と裏切られないよう、世俗との関わりを断って孤独に生きる「人間嫌い」の法律を自らに課します。しかし、彼の復活を聞きつけたかつての不実な友人や偽善的な哲学者たちが、再び甘い言葉を伴って群がり始めます。ティモンは彼らの強欲と欺瞞を容赦なく暴き、肉体的に叩き伏せて追い払うことで、自らの決意と孤高を守り抜こうとします。
散文・その他文芸12 チャンク · §1-5–§55-581,602 対訳文読む →ゼウス論破さる
Zeus Catechized本作は、哲学者のクニスコスが最高神ゼウスに対して、運命(モイライ)の絶対性と神々の役割について鋭い問いを投げかける風刺的な対話篇です。クニスコスは、神々自身も運命の支配下にあるというゼウスの言質を取り、神々の全能性や人間による犠牲・祈りの無意味さを次々と暴いていきます。議論はさらに、世界の「配慮(プロノイア)」の欺瞞や、無益な予言、神託の曖昧さへと及びます。クニスコスは、悪人が栄え善人が苦しむ不条理な現実を突きつけ、神々の正義を厳しく批判します。最終的に、人間の行動がすべて運命づけられているならば、死後の審判で人間を罰するのは不当であると主張されたゼウスは、議論を拒んで立ち去ります。
散文・その他文芸5 チャンク · §1-4–§17-19668 対訳文読む →悲劇役者ゼウス
Zeus Rants本作は、神々の存在と宇宙への摂理(プロノイア)を巡る、天上と地上の双方で繰り広げられる騒動を描いた風刺的な対話篇です。物語は、エピクロス派の哲学者ダミスが神々の存在を否定し、ストア派のティモクレスがそれを擁護する論争を始めたことで、最高神ゼウスが神々の存亡の危機を抱くところから始まります。ゼウスは天上の神々を緊急招集しますが、席順を巡る混乱や、批判的な神モモスによる「神々が不条理を放置してきた自業自得だ」という手厳しい非難に見舞われます。神々は効果的な対策を講じられず、結局は天の門を開けてアテナイで展開される地上の論争を固唾をのんで覗き見ることになります。地上では、宇宙の秩序や詩人の言葉を盾にするティモクレスに対し、ダミスが人間世界の不正や神話の不合理を挙げてことごとく論破していき、最終的にティモクレスは激怒して暴力に訴え出ます。神々は天からそれを傍観しながら、自らの存在意義が人間の不確かな議論に委ねられている現実を前に、皮肉混じりの諦念を抱きつつ対話を終えます。
散文・その他文芸14 チャンク · §1-4–§49-531,781 対訳文読む →ゼウクシスまたはアンティオコス
Zeuxis or Antiochus本作は、作品の本質的な技術や価値ではなく、単に「新奇さ」や「珍しさ」ばかりを喜ぶ聴衆の態度を、語り手が自嘲的に批判する弁論である。語り手は、自身の新作朗読がその構成の巧みさではなく「目新しい」という理由だけで称賛されたことに落胆し、二つの歴史的逸話を引き合いに出す。第一の例は、画家ゼウクシスが描いた「女ケンタウロス」の絵である。観客がその優れた描写技術ではなく、珍しい主題ばかりを褒めちぎったため、ゼウクシスは憤慨して絵を隠してしまった。第二の例は、シリア王アンティオコスが戦象を用いてガラティア戦に勝利した逸話である。王は自らの知略ではなく、新奇な獣である象の存在だけで勝てたことを恥じ、戦勝碑に象のみを刻ませた。これらの逸話を通じて、作品は表面的な新しさのみに目を奪われる観衆の姿勢を風刺し、創作における真の技術の重要性を訴えかける。
弁論・修辞学3 チャンク · §1-3–§8-12242 対訳文読む →

