プラトン
Plato
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37 作品 · 150,105 対訳文
ὁ δὲ ἀνεξέταστος βίος οὐ βιωτὸς ἀνθρώπῳ.
吟味なき生は、人間にとって生きるに値しない。
Apologia 38a
アルキビアデスI
Alcibiades I本作は、アテナイの若き野心家アルキビアデスと哲学者ソクラテスとの対話を通じ、「自己を知ること」と政治的指導者に求められる「徳(arete)」の本質を追究する哲学対話篇です。世界を支配する野望を抱きながらも、政治への参加を急ぐアルキビアデスに対し、ソクラテスは彼の知識の源泉を問い始めます。対話が進むにつれ、アルキビアデスは自分が「正義」や「有益さ」について全く無知であることを自覚させられ、自身の「二重の無知」に直面します。さらにソクラテスは、競うべき真の相手はスパルタやペルシアの王たちであり、自己鍛錬が不可欠であることを説きます。そして、「汝自身を知れ」というデルポイの神託をめぐり、真の自己とは身体ではなく「魂」であること、また魂が自己を知るにはその最良の部分である知恵や神的なものを鏡としなければならないことが論じられます。最終的にアルキビアデスは、国家を導く者には魂の徳(正義と節制)が必要であることを確信し、ソクラテスに従って自己の探求に努めることを決意します。
科学・哲学21 チャンク · §103-104–§134-1354,819 対訳文読む →アルキビアデスII
Alcibiades II本作は、ソクラテスと若きアルキビアデスによる、神への祈りと「最善の知識」をめぐる対話篇である。神殿へ祈りに向かうアルキビアデスに対し、ソクラテスは、人間が何が本当に自分にとって有益であるかを知らずに祈ることの危険性を指摘する。対話のなかで、歴史上の事例や詩人の言葉を引きつつ、愚かさの本質や、最善の知識(有益さの知識)を欠いたまま特定の専門技術や博識を所有することが、かえって個人や国家に破滅をもたらすことが示される。さらに、神々は高価な生贄よりも、魂の正義や慎み深い祈りを好むという神託の逸話が語られる。最終的にアルキビアデスは、何が本当に良いものであるかを識別する知識を得るまで祈りを保留することに同意し、ソクラテスに感謝の冠を授けて対話は幕を閉じる。
科学・哲学8 チャンク · §138-139–§150-1511,287 対訳文読む →ソクラテスの弁明
Apology本作は、アテナイの法廷に立たされた哲学者ソクラテスが、国家の神々を信じず若者を堕落させたという容疑に対して行った弁明の記録である。ソクラテスは、自身に向けられた長年の偏見の源泉が「自分は何も知らない」という自覚(無知の知)にあることを明かし、デルポイの神託の謎を解くために知者を吟味してきた歩みを語る。さらに、自身を告発したメレトスと問答を交わして告発の矛盾を暴き、自らの活動は国家に資するために神から与えられた使命であることを力説する。有罪判決が下された後も、彼は死を恐れることなく、魂の配慮と徳の追求の重要性を訴え続ける。最後には死刑が確定するが、死は恐るべきものではなくむしろ新たな探求の始まりであると語り、生と死のどちらが最善かは神のみが知るという言葉で弁明を締めくくる。
科学・哲学19 チャンク · §17-18–§41-422,006 対訳文読む →カルミデス
Charmides本作は、魂の主要な美徳の一つである「節制(ソープロシュネー)」の本質をめぐって展開されるプラトンの哲学的な対話篇です。ポテイダイアの戦場から帰還したソクラテスが、アテナイの体育場において、美少年ハルミデスとその従兄クリティアスを相手に議論を交わします。物語は、ソクラテスがハルミデスの頭痛を治療するための「呪文」として節制を導入するところから始まり、やがて節制の定義をめぐる対話へと発展します。ハルミデスが提案する「静けさ」や「慎み」といった定義が退けられた後、議論を引き継いだクリティアスは、節制を「自分自身を知ること」や「知識の知識」として定義し直します。しかしソクラテスは、自己言及的な知識の可能性を疑い、それがどのように人間を益するのかを厳しく吟味していきます。最終的に、人を幸福にするのは単なる知識ではなく「善と悪に関する知識」であることが明らかになり、節制の定義自体は未解決のまま幕を閉じるものの、ハルミデスたちは今後もソクラテスに学び続けることを決意します。
科学・哲学18 チャンク · §153-154–§175-1762,134 対訳文読む →クレイトポン
Clitophon本作は、ソクラテスの対話とその限界をめぐり、クレイトポンとソクラテスの間で交わされる対話を扱った作品です。物語は、クレイトポンがソクラテスに対して抱いている不満と賞賛を直接本人に語りかける形式で進行します。クレイトポンはまず、人々を無知から目覚めさせ魂のケアへと導くソクラテスの卓越した勧勉(プロトレプティコス)を高く評価します。しかし、美徳や正義の具体的な獲得方法に話が及ぶと、ソクラテスの弟子たちからは明確な答えが得られず、正義がもたらす「和合」などの具体的な成果についての議論も行き詰まったと振り返ります。最終的にクレイトポンは、ソクラテスが人々を徳へと促すことには長けているものの、自ら具体的な正義を教えることはないと批判し、これ以上の進展がないならトラシュマコスなどの他者のもとへ去ることを警告して問いかけを残します。
科学・哲学4 チャンク · §406-407–§410308 対訳文読む →クラテュロス
Cratylus本作は、言葉や名前(オノマ)の「正しさ」が、事物の「自然(本性)」に由来するものか、それとも人間の「合意や慣習」によるものかを巡って展開される、ソクラテスとエルモゲネス、クラテュロスの対話篇です。ソクラテスはまずエルモゲネスを相手に、名前は事物の本質を写し取る道具であり、本来は自然な正しさを持つという立場から、神々の名や徳に関する語源を次々とユーモラスに解き明かしていきます。続いて、極端な自然説と万物流転説を支持するクラテュロスに対し、ソクラテスは名前による模倣には不完全さがあり、理解には「合意」や「習慣」の要素も不可欠であることを認めさせます。最終的に、名前の分析を通して実在を知ることの限界が示され、名前を離れて事物そのもの(イデア)から真理を探求すべきであるという見通しが語られます。決定的な結論は保留されたまま、さらに深く考察を続けることを約束して対話は締めくくられます。
科学・哲学34 チャンク · §383-384–§439-4405,763 対訳文読む →クリティアス
Critiasプラトンの未完の対話篇である本作は、前作『ティマイオス』から引き続いて、太古のアテナイと伝説の大国アトランティス(Atlantis)の対立と興亡を扱います。ソクラテスたちの前で語り手となったクリティアスは、かつて神々が世界を分割統治した時代に遡り、アテナとヘパイストスに守護された古代アテナイの質素で調和のとれた社会制度を説明します。続いて、ポセイドンの血を引くアトランティスの歴代の王たちが築き上げた、無比の富と強大な軍事力、オレイカルコス(山銅)などの資源に満ちた壮麗な都城の様子が精緻に描写されます。当初は徳を重んじていたアトランティスでしたが、やがて神的な性質が薄れて物質的な欲望に溺れ、堕落していきます。物語は、この傲慢になった帝国に罰を下すべくゼウスが神々を招集し、言葉を発しようとする緊迫した場面で唐突に中断されます。
科学・哲学9 チャンク · §106-107–§120-121762 対訳文読む →クリトン
Crito本作は、死刑判決を受けた哲学者ソクラテスと、彼の脱獄を支援しようとする旧友クリトンとの、刑執行前夜の牢獄での対話を描いています。クリトンは世間の評判や家族への責任を理由に逃亡を強く勧めますが、ソクラテスは多数派の意見ではなく、正邪の基準を知る専門家の知恵やロゴス(理性)に従うべきだと応じます。さらにソクラテスは、いかなる場合でも不正に対して不正をもって報いてはならないという根本原則を提示します。続いて擬人化されたアテナイの「国法」が登場し、長年アテナイに留まりその恩恵を受けてきたソクラテスは、法に従うという合意を暗黙のうちに交わしていると論じます。最終的に、脱獄は法の破壊であり正義に反すると確信したソクラテスは、神の導きに従い、逃亡を拒否して法に基づく死を受け入れる決意を固めます。
科学・哲学9 チャンク · §43-44–§53-541,112 対訳文読む →定義集
Definitions『定義集』は、古代ギリシア哲学における多様な主要概念について、短文による簡潔な定義を体系的に並べた作品である。本作は対話篇の形式をとらず、永遠や神、自然の基本要素といった宇宙論的な概念から、思慮、正義、勇敢といった古典的な徳の定義へと編まれている。中盤以降は、機転や友情、法律、知識、そして哲学や感覚など、倫理、認識、言語に関わる多様な概念が提示される。さらに、話し言葉や音節、定義そのものの論理的・言語的基礎から、国家の制度や魂の情念、教育に及ぶまで、定義の範囲は人間生活の全般に及んでいる。特定の議論を展開するのではなく、プラトン学派の学問的伝統における基本術語の定義を概観するための辞書的・教育的な構成となっている。
科学・哲学3 チャンク · §1#1–§1#3830 対訳文読む →エピノミス
Epinomis本作は、人間がいかにして真の知恵を獲得し賢者となり得るかという根本的な問いを探究する哲学対話篇です。アテナイの異邦人とクレイニアスを主な語り手とし、実用的な技術や部分的な知識が人間を真の賢者にはしないことをまず確認します。そして、人類を救う真の知識として「数」の重要性が提示され、それが天体の運行を通じて神から授けられたものであることが論じられます。議論は宇宙論や神学へと発展し、魂が身体に先立つことや、五つの元素、そして秩序正しく運行する天体が高い知性を持つ神的な存在であることが示されます。最終的に、天文学や数理的諸学の修得を通じて宇宙の調和を理解した選ばれた少数の知者こそが、国家の最高官職を担うべきであると結論づけられます。
科学・哲学11 チャンク · §973-974–§991-9921,085 対訳文読む →エウテュデモス
Euthydemus本作は、ソクラテスと友人クリトンの対話という枠組みの中で、ソフィストであるエウテュデモスとディオニュソドロスの兄弟が披露する「論駁術」と、ソクラテスが示す「真の哲学」との対比を描いた哲学対話篇です。物語は、ソフィストの兄弟が若者クレイニアスを相手に、言葉の多義性を利用した執拗な二者択一の罠で翻弄する場面から始まります。これに対しソクラテスは、人間が幸福になるためには「知恵」こそが唯一の善であり、あらゆるものを正しく使用するための知識が必要であると説き、少年に寄り添いながら対話を導きます。その後、ソクラテスは「作る技術」と「使う技術」が一致した、幸福をもたらす究極の知識である「王者術」を追求しますが、定義が循環してアポリア(行き詰まり)に陥ります。一方でソフィストたちは、「嘘は不可能である」や「万物を常に知っている」といった極端な詭弁をエスカレートさせ、神々の所有にまつわる奇妙な結論で対話を締めくくります。最後にソクラテスは、世間の哲学批判に惑わされず、哲学そのものの価値を吟味して追求すべきであることをクリトンに語りかけ、作品は幕を閉じます。
科学・哲学25 チャンク · §271-272–§306-3073,634 対訳文読む →エウテュプロン
Euthyphro本作は、国家を害したとして告発された哲学者ソクラテスが、裁判直前に「敬虔(ホシオン / hosiotēs)」の本質をめぐって交わした哲学対話篇である。舞台はアテナイの王の柱廊の前であり、ソクラテスは、実の父親を殺人罪で告発しようとする宗教専門家エウテュプロンと出会う。ソクラテスは、父親を告訴するほど神聖な知識に自信を持つ彼に弟子入りを志願し、「敬虔とは何か」というその本質的な定義を問いかける。エウテュプロンは「神々に愛されるもの」や「神々への奉仕」といった定義を次々と提案するが、ソクラテスは対話を通じて、それらの定義に含まれる矛盾や論理的欠陥を暴いていく。議論は進むものの、定義は堂々巡りを繰り返し、普遍的な「形相(イデア / idea)」に到達することはできない。最後は、困惑したエウテュプロンが急用を理由に立ち去り、対話は明確な結論を得られないまま幕を閉じる。
科学・哲学12 チャンク · §2-3–§15-161,703 対訳文読む →ゴルギアス
Gorgias本作は、言葉による説得の技術である「弁論術」の正体と、人間がいかに生きるべきかという倫理的根本問題を追究する哲学対話篇である。ソクラテスは、高名な弁論家ゴルギアス、その弟子のポロス、そして野心的な政治家カリクレスと順に対話を重ねていく。ソクラテスは、弁論術が真の知識を欠いた「諂い」にすぎないと看破し、不正を被るよりも行う方が大きな悪であり、罰を免れる不正な者こそが最も不幸であると論証する。さらに、欲望の限りを尽くす「強者の正義」を主張するカリクレスに対し、魂の節制と秩序こそが真の徳であり、市民の魂を善くすることこそが真の政治であると説く。最後は裸の魂が裁かれる死後の審判の神話が語られ、現世での不義を避け、正義を実践する生き方のみが究極の幸福をもたらすという確信をもって対話が締めくくられる。
科学・哲学53 チャンク · §447-448–§5278,630 対訳文読む →ヒッパルコス
Hipparchus本作は、ソクラテスと無名の「伴侶」との対話を通じ、「欲深さ(利益を愛すること、ピロケルデイア)」の真の意味とその道徳的評価について探求する対話篇です。対話は、伴侶が欲深き者を「無価値なものから利益を得ようとする卑しい者」と非難することから始まります。しかしソクラテスは、様々な専門技術の例を挙げてこの定義の矛盾を暴き、議論は「利益」と「善」の関係へと移行します。途中で挿入されるアテナイの賢明な支配者ヒッパルコスの教えに関する逸話を経て、二人は利益の本質についてさらに議論を重ねます。最終的に、利益とは有益なものである「善」に他ならず、すべての人が善を求めている以上、利益を愛することを他人への非難にすることはできないという結論に達します。
科学・哲学4 チャンク · §225-226–§231-232911 対訳文読む →大ヒッピアス
Hippias Major本作は、プラトンの対話篇の一つであり、「美」の本質を定義することをテーマにしています。アテナイを訪れた高名なソフィストであるヒッピアスとソクラテスが、皮肉とユーモアを交えながら対話を繰り広げます。ソクラテスは「美そのものとは何か」を問いかけますが、ヒッピアスは「美しい乙女」や「金」など、具体的かつ相対的な例を挙げてはソクラテスの反論に窮します。議論が抽象的な次元へと移り、「適合するもの」「有用なもの」「視覚と聴覚の快」といった定義が検討されるものの、ことごとく論理的な自己矛盾やパラドックスに陥ります。最終的に、二人は明確な答えに到達できず、ソクラテスが「美しいものは難しい」という諺を噛み締めながら対話を終える、いわゆる「アポリア」で結ばれます。
科学・哲学20 チャンク · §281-282–§3042,766 対訳文読む →小ヒッピアス
Hippias Minor本作は、ソクラテスとソフィストのヒッピアスがホメロスの英雄たちを比較することから始め、真実と偽り、そして人間の魂のあり方へと迫る哲学対話篇です。オリンピアを舞台に、ヒッピアスはアキレウスを真実を語る者、オデュッセウスを偽る者と定義しますが、ソクラテスは様々な技術や知識の例を引きながら、真実を語る能力のある者こそが自発的に嘘をつく能力をも備えていることを論証します。議論はさらに深まり、自発的に間違いや悪事を犯す能力を持つ者の方が、不本意にそれらを行う者よりも優れているのではないかという問いへと発展します。身体能力や技術、魂の卓越性を検証した末に、対話は「意図的に不正を行う者こそが善い人である」という不条理な結論(アポリア)に到達します。最終的にソクラテスもヒッピアスもこの結論に困惑し、明確な答えを得られないまま対話は幕を閉じます。
科学・哲学8 チャンク · §363-364–§375-3761,546 対訳文読む →イオン
Ionプラトンの初期対話篇である本作は、哲学者ソクラテスと、ホメロスの詩を朗誦する専門家(ラプソドス)であるイオンとの対話を扱っている。ソクラテスは、イオンがホメロスの作品に対しては並外れた解説能力を持ちながら、他の詩人に対しては関心も知識も持たないという点に着目し、その能力が真の「技術(テクネー)」や知識に基づいているのかを問いかける。ソクラテスは、詩作や朗誦が技術によるものではなく、ミューズから詩人、ラプソドス、そして観客へと磁石のように伝播する「神的な狂気」や神懸かりによるものであると論じる。これに対してイオンは、自分たちの技術は多様な分野におよぶと主張し、最終的には将軍の技術と同じであるとまで強弁するが、ソクラテスによってその論理の矛盾を暴かれる。最終的に、イオンは自身の能力が技術によるものではなく、神の恩恵によるものであるというソクラテスの結論を受け入れる。
科学・哲学8 チャンク · §530-531–§541-5421,197 対訳文読む →ラケス
Laches本作は、若者の優れた教育と、そのために不可欠な徳の一種である「勇気(アンドレイア)」の本質を追究するプラトンのソクラテス対話篇です。物語は、アテナイの市民リュシマコスらが、息子たちに最善の教育を施すため、高名な将軍であるラケスとニキアス、そして哲学者ソクラテスに助言を求めるところから始まります。議論はまず重装歩兵術という武芸の是非から始まりますが、ソクラテスは教育の真の目的が「魂の配慮」にあるとし、探究を「勇気とは何か」という根本的な問いへと導きます。将軍ラケスは「戦列に踏みとどまること」や「魂の忍耐力」といった定義を提案しますが、ソクラテスの鋭い吟味によってその不十分さが暴かれます。続いてニキアスが「恐ろしいことと恐るるに足りぬことに関する知識」という知的な定義を試みるものの、これも最終的には勇気だけでなく徳の全体を指すことになり、矛盾に陥ります。最終的に、登場人物たちは誰も勇気の真の定義に到達できず、自らの無知を認め、若者たちと共に改めて優れた教師を探して学び続けることを誓い合って対話は幕を閉じます。
科学・哲学16 チャンク · §178-179–§200-2012,145 対訳文読む →法律
Laws本作は、新しく建設される植民都市の理想的な国制と法律を設計することを主題とする対話篇です。クレータ島を舞台に、アテナイからの客人、クレタ人のクレイニアス、スパルタ人のメギロスの三人の老人が、歩きながら議論を交わします。議論は、法律の神的な起源や、徳の全体を育むための教育・祝祭のあり方の探求から始まります。さらに、歴史的な国家の盛衰を分析した上で、具体的な都市の地理的条件、公正な土地の分配、結婚や家族、そして市民の心身を鍛える体育や文芸の教育に関する詳細な法制度が構築されていきます。後半では、故意や過失の殺人などの刑法や、神々の存在と宇宙の理知的な秩序を証明する敬神の法が論じられます。最終的に、法の永続性を保証し、徳の統一性を理解する指導者たちの「夜間会議」の設置を合意して対話は締めくくられます。
科学・哲学186 チャンク · §1.624-1.625–§12.968-12.96922,734 対訳文読む →書簡集
Letters本作は、哲学者プラトンがシケリア(シュラクサイ)の支配者ディオニュシオス2世やその盟友ディオン、および各地の知己へと宛てた13通の書簡からなる作品です。主な内容は、著者自身の若き日の政治的失望から哲学への傾倒、そしてシュラクサイにおける哲人政治実践の試みと、それに伴う政治的動乱や挫折の回想です。特に、ディオンの暗殺や自身の軟禁といった危機のなかで、真の政治的助言とは何か、また法に基づく正義の支配がいかに実現されるべきかが熱烈に語られます。さらに、書面による哲学伝達の限界を指摘し、対話と探求のなかで魂に灯る光のように得られる真の認識(認識の五段階)について説く哲学的な弁明も展開されます。混迷を極めるシケリアの状況に対し、勝者も敗者も平等に服従すべき法の支配を勧告し、権力と哲学が正義のもとで結びつくことの重要性を説いて締めくくられます。
散文・その他文芸34 チャンク · §1.309-1.310–§13.3633,073 対訳文読む →リュシス
Lysis本書は、哲学者ソクラテスが少年たちとの対話を通じて、「友愛(フィリア)」の本質とは何かを追究するプラトンの対話篇である。舞台はアテナイの新設された体育館で、ソクラテスは美しく徳高い少年リュシスやその友人メネクセノスらと出会い、議論を交わす。冒頭では、両親の愛と自由の関係が知識の有無から紐解かれ、続いて「友(フィロス)」と呼ばれるべき者の定義が探求される。対話の中では、似たもの同士の友情、反対のもの同士の結びつき、あるいは悪から逃れるために善を求めるという仮説、そして愛着の根源である「第一の友」などの概念が次々と検討される。しかし、自分に「ふさわしいもの(オイケイオン)」を欲することが友愛であるという説も行き詰まりを見せ、最終的には定義を明確にできないまま、家庭教師たちの乱入によって議論はアポリア(行き詰まり)のうちに打ち切られる。
科学・哲学15 チャンク · §203-204–§222-2231,955 対訳文読む →メネクセノス
Menexenus本作は、戦死者のための追悼演説(エピタフィオス)を主題とし、演説という修辞技法そのものの性質やアテナイ市民のアイデンティティを問う対話篇です。評議場から戻ったメネクセノスに、ソクラテスは自分の弁論の師であるアスパシアから授かったという追悼演説を披露し始めます。演説の前半では、アテナイの「母なる大地」や平等な国制が称賛され、ペルシア戦争における先祖たちの英雄的な功績が語られます。後半では、ギリシア人同士の戦いや内乱におけるアテナイの寛大さが振り返られ、最後に戦死者たちから遺族への訓戒が代弁されます。ソクラテスが語るこの架空の演説は、読者に国家の栄光と個人の美徳のあり方について深く再考させる形で締めくくられます。
科学・哲学8 チャンク · §234-235–§248-249916 対訳文読む →メノン
Meno本作は、「徳(アレテー)」が教えられるものであるかという問いを巡って、ソクラテスとテッサリアの青年メノンとの間で交わされる対話篇です。問いに対してソクラテスは、そもそも徳とは何かという定義をまず明らかにする必要があると返し、メノンの提示する定義の矛盾を次々と指摘していきます。議論が行き詰まり、探求そのものの不可能性が疑われた際、ソクラテスは「想起説」を唱え、メノンの奴隷の少年に幾何学の問いを解かせることで、魂には生まれつき真理が備わっていることを実証します。その後、仮説を用いて徳が知識であるか否かを再考しますが、徳を教える教師が存在しないことから、政治家たちの持つ徳は知識ではなく「正しい思い込み(正しい意見)」によるものであるという結論に至ります。最終的に、徳は神的な恵み(神の分け前)によってもたらされるとされつつも、真の理解にはまず徳そのものの定義が必要であることが示されて対話は幕を閉じます。
科学・哲学20 チャンク · §70-71–§99-1004,206 対訳文読む →ミノス
Minos本作は、ソクラテスと一人の同伴者による「法律(ノモス)とは何か」をめぐる対話篇である。同伴者は最初、法律を習慣や国家の決定と定義するが、ソクラテスは法律が本質的に善なるものであるとし、それは「実在の発見」を志向する真実の意見でなければならないと導く。各国の実定法の違いに対しては、医学や農耕などの専門技術と同様に、真実を知る専門家の正しい規則こそが真の法律であると論じられる。その優れた立法者の具体例として、ゼウスから教育を受けたとされるクレタの王ミノスが挙げられ、彼の正当性が詩人の権威を借りて称賛される。アテナイにおける彼の悪評は、悲劇詩人たちとの敵対による誤解であると説明される。最終的に、優れた立法者が身体への食物のように「魂」に対して何を分配すべきかという問いが投げかけられるが、同伴者はこれに答えることができず、己の魂についての無知を自覚させられる形で対話は幕を閉じる。
科学・哲学6 チャンク · §313-314–§3211,176 対訳文読む →パルメニデス
Parmenides本作は、プラトンのイデア論(形相論)への自己批判と、「一」と「多」を巡る深遠な論理的探究をテーマとする対話篇です。物語は、若きソクラテスがアテナイを訪れたエレア派の哲学者パルメニデスとゼノンに出会い、議論を交わす回想として始まります。前半では、ソクラテスが提示する形相(イデア)の概念に対し、パルメニデスが無限後退や認識不可能性といった鋭い難問を突きつけます。後半では、これに対する知的訓練として、パルメニデス自身が若きアリストテレスを相手に、「一が存在するならば」および「一が存在しないならば」という仮定から導かれる帰結を徹底的に検証します。この厳密な論理展開を通じて、一と他なるものの関係が、存在、運動、時間、数などの多角的な視点から吟味されます。最終的に、一があってもなくても、一自身も他なるものも、すべてが存在すると同時に存在しないという壮大なパラドックスに達して作品は締めくくられます。
科学・哲学36 チャンク · §126-127–§165-1665,377 対訳文読む →パイドン
Phaedo本作は、死刑を目前にした哲学者ソクラテスが、魂の不死と哲学することの真の意味について語る対話篇です。舞台はアテナイの牢獄であり、刑執行の当日にソクラテスがシミアスやケベスといった弟子たちと交わした最期の議論が、立ち会ったパイドンによって回想の形で語られます。ソクラテスは、死とは魂が肉体の束縛から解放されることであり、真の哲学者は生涯を通じて死を練習しているのだから死を恐れる必要はないと説きます。続いて、魂が死後も存続することを証明するために、「想起(アナムネーシス)」の説や、不変の「イデア」と魂の類似性が議論されます。弟子たちの鋭い反論に対しても、ソクラテスは「第二の船路」と呼ばれる独自の探求方法やイデア論を用いて魂の不滅を論証し、彼らの不安を解消します。最期に死後の魂の行方を描いた壮大な神話を語った後、ソクラテスは毅然とした態度で毒薬を飲み干し、静かにこの世を去ります。
科学・哲学55 チャンク · §57-58–§117-1184,718 対訳文読む →パイドロス
Phaedrus本書は、哲学者ソクラテスと青年パイドロスがアテナイ郊外の美しい自然の中で「愛(エロース)」と「弁論術」について語り合う対話篇です。物語は、愛していない者に身を委ねるべきだとする演説から始まり、ソクラテスはこれに対抗して、魂の不死や天上の神話を交えた壮大な「愛の狂気」の称賛を繰り広げます。後半では、単なる説得の技術にとどまらない、魂を真理へと導くための真の弁論術が議論されます。そこでは、事物の定義と分割(ディアイレシス)による問答法や、聞き手の魂の性質を理解することの重要性が説かれます。さらに、書かれた文字が記憶を衰えさせるという批判を経て、魂に直接書き込まれる生きた言葉こそが真に価値あるものとされ、真の哲学者への道が示されます。
科学・哲学28 チャンク · §227-228–§278-2794,095 対訳文読む →ピレボス
Philebus本作は、人間の幸福において「快楽」と「知性(思慮や知識)」のどちらがより本質的な「善」であるかを追究する、ソクラテスとプロタルコスによる対話篇です。ソクラテスは、快楽も知識も多様で相違に満ちていることを示し、弁証法的な「一と多」の探求や、存在を「無限」「有限」「混合」「原因」の四つに分ける区分を用いて議論を深めます。対話の中で彼らは、快楽のみの生も知性のみの生も不十分であり、両者が調和した「混合された生」こそが人間にとって最善の生であるという結論に達します。この結論に基づき、身体や魂における様々な快楽と苦痛の分析、および知識や技術の正確さの階層が緻密に検討されます。最終的に、この混合された生を成り立たせる原因として「適度(均衡)」「美」「真理」が特定され、知性はこれらを通じて快楽よりもはるかに善に親近しており、価値の序列において上位に位置づけられることが示されて対話は幕を閉じます。
科学・哲学34 チャンク · §11-12–§66-675,974 対訳文読む →プロタゴラス
Protagoras本作は、人間の「徳」(アレテー)が教育可能なものであるのか、そして徳の本質とは何かを追究するプラトンの対話篇です。ソクラテスは、アテナイを訪れた高名なソフィストであるプロタゴラスとカリアス邸で対峙し、知的な探求を繰り広げます。序盤、プロタゴラスは神話や社会のあり方を引き合いに出して徳は教えられると主張しますが、ソクラテスは政治家の息子たちの例などからこれに疑問を投げかけます。中盤では、正義や節制、勇気といった個々の徳が「知恵」(ソピアー)という一つのものに帰せられるか否かが議論の焦点となります。終盤、ソクラテスは「快楽に負ける」という現象が実は善悪を測定する知識の欠如(無知)によるものであることを論証し、すべての徳は知識であると結論づけます。最終的に、当初「徳は教育不可能」としたソクラテスが徳を知識(教育可能)と論じ、「徳は教育可能」としたプロタゴラスがそれを拒むという、奇妙な立場の逆転が明らかになり、議論は未完のまま将来へと持ち越されます。
科学・哲学33 チャンク · §309-310–§361-3624,090 対訳文読む →国家
Republic本作は、「正義とは何か」および「正義を貫く生き方は幸福をもたらすか」という問いを追求する、ソクラテスを主人公とする対話篇です。ソクラテスは若者たちとともに、個人における正義を解明する手がかりとして、理想的な国家の建設を頭の中で試みます。そこでは、国家の階層に対応する「魂の三区分(理性・気概・欲望)」の調和が正義として定義され、さらに国家を統治すべき「哲人王」のあり方や、最高原理である「善のイデア」が論じられます。後半では、国家と魂が堕落していくプロセスが描かれ、不正な僭主の悲惨さと正義の人の幸福が対比されます。最後は、模倣芸術への批判や魂の不死性が語られたのち、死後の魂の転生を描く「エルの神話」によって、思慮と正義をもって生きることの重要性が示されて締めくくられます。
科学・哲学153 チャンク · §1.327-1.328–§10.620-10.62119,751 対訳文読む →恋敵
Rival Lovers本作は、哲学の真の定義と価値をめぐって展開される対話篇です。哲学校(ディオニュシオスの学校)を訪れたソクラテスが、ある若者を巡る二人の恋敵(ライバル)たちと出会い、哲学とは何かについての議論を始めます。対話者は、哲学者は専門技術を極めるのではなく、あらゆる技術の議論に長けた「万能の教養人」であるべきだと主張しますが、ソクラテスはこれでは各分野の専門家がいる限り、哲学者が無用で不完全な存在になってしまうと反論します。最終的にソクラテスは、真の哲学とは単なる博識や諸技術の模倣ではなく、自己を知る「思慮(ソプロシュネー)」や、魂を正しく導いて家庭や国家を治める「正義」と「統治術」に他ならないことを論証します。
科学・哲学4 チャンク · §132-133–§138-139672 対訳文読む →ソピステス
Sophist本作は、プラトンによる中・後期の対話篇であり、「ソフィスト」とはいかなる存在かを定義することを主題としています。物語は、ソクラテスや数学者テオドロスが見守る中、エレアから来た「異邦人」と若きテアイテトスの対話を中心に進行します。二人はまず、定義の予備練習として「釣り人」の定義を行い、その手法を用いてソフィストの定義を試みますが、彼らが金儲けや論争、教育など多様な姿を示すため、議論は難航します。特に、ソフィストが「実在しない偽りのもの」を信じ込ませる技術を持つという点から、「非存在(あらぬもの)」がいかにして存在するのかという、パルメニデス以来の哲学的なアポリア(難問)に直面します。この難問を解決するため、異邦人は「存在」「静止」「運動」「同一」「他」という五つの最大類の交わりを論証し、非存在を「存在の反対」ではなく「他なるもの」として再定義します。これにより、名詞と動詞の結合による「偽なる言論(ロゴス)」の成立が基礎づけられます。最終的に二人は、ソフィストを「無知を自覚しながらも、私的な対話で相手に矛盾を強いる模倣的な奇術師」として明確に定義することに成功します。
科学・哲学30 チャンク · §216-217–§267-2687,139 対訳文読む →政治家
Statesman本作は、真の「政治家」およびその有する支配の技術(王者の術)とは何かを追究する哲学対話篇である。エレアから来た客人と若きソクラテスを中心とする対話は、すべての知識を二分する厳密な定義づけの手法から始まる。中盤では、宇宙の逆回転をめぐる壮大な神話が語られ、かつての神的な統治者と現代の人間の支配者との違いが浮き彫りにされる。さらに「織物術」という範例を用いて、知恵なき法律の限界や、知識に基づく真の国制のあり方が追究されていく。最終的に、政治の術とは個別的な技術を統括する決定の術であり、相反する性質(勇敢と節制)を持つ市民たちを調和的に「織り合わせる」技術であると定義され、対話は締めくくられる。
科学・哲学34 チャンク · §257-258–§310-3115,141 対訳文読む →饗宴
Symposium本作は、悲劇作家アガトンの祝宴に集まったアテナイの知識人たちが、愛の神エロスを順に讃美する対話篇です。出席者たちは、自己犠牲の美徳、天上の愛と世俗の愛、宇宙の調和、そして失われた半身を求める球体人間の神話など、多様な観点から愛を論じます。最後に語り手となったソクラテスは、かつて巫女ディオティマから授かった教えを引き、愛とは単なる欲求ではなく、中間者として「美そのもの」のイデアへと魂を上昇させる導き手であることを明かします。議論の終盤、泥酔した青年政治家アルキビアデスが乱入し、ソクラテスの卓越した魂と超人のごとき魅力を暴露・讃美します。宴は深夜の混乱を経て夜明けを迎え、ソクラテスが喜劇と悲劇を創る技術の同一性について語るなかで、静かに幕を閉じます。
科学・哲学36 チャンク · §172-173–§222-2234,082 対訳文読む →テアイテトス
Theaetetus本作は、ソクラテスと若き数学徒テアイテトス、そして幾何学者テオドロスとの間で交わされた、「知識(エピステーメー)とは何か」という根源的な問いをめぐる対話篇です。導入部では、過去の対話の記録を読み上げる形で始まり、ソクラテスは自らの役割を、他者の魂から思想を引き出し吟味する「産婆術」に例えて対話を主導します。対話の中でテアイテトスはまず「知識とは感覚である」と定義し、ソクラテスはこれを受動的な知覚と万物流転説に関連づけて徹底的に吟味します。続いて「知識とは真なる意見(思いなし)である」という定義が提示され、「蝋板」や「鳥小屋」の比喩を用いて誤謬が生じる仕組みが議論されます。最後に「説明(ロゴス)を伴う真なる意見」という定義が検討されますが、説明自体の定義をめぐって再びアポリア(行き詰まり)に陥ります。最終的に合意された定義には至りませんが、テアイテトスが自らの無知を自覚し、知的な謙虚さを得ることで対話は幕を閉じます。
科学・哲学45 チャンク · §142-143–§209-2107,270 対訳文読む →テアゲス
Theages本作は、若きテアゲスが知恵を求めてソクラテスに弟子入りを志願する過程を描いた対話篇です。物語は、父親のデモドコスが息子の教育についてソクラテスに相談するところから始まります。ソクラテスは対話を通じて、テアゲスが求める「知恵」の正体が人間を支配する技術であることを暴き、高名な政治家に学ぶことの是非を議論します。テアゲスがソクラテス自身への弟子入りを強く懇願すると、ソクラテスは自分に教育能力はないと謙遜しつつ、自らの行動を導く「ダイモニオン(神霊の声)」の存在について語り始めます。ソクラテスは、この神霊の導きによって弟子たちの成否が左右されるという不思議な作用を実例を挙げて説明します。最終的に、テアゲスたちは実際に共同生活を送り、神霊が二人の結びつきを許すかどうか試してみることで合意し、対話は幕を閉じます。
科学・哲学8 チャンク · §121-122–§130-1311,152 対訳文読む →ティマイオス
Timaeus本作は、哲学家ソクラテスと、天文学や政治に精通したティマイオス、クリティアス、ヘルモクラテスとの対話を通じ、宇宙の起源と人間の本質を壮大なスケールで描き出した哲学・自然学の対話篇です。冒頭では、理想国家のあり方や、古代アテナイと失われた大国アトランティスとの戦いという歴史的伝承が語られます。続いてティマイオスが主言論を引き継ぎ、造物主であるデミウルゴスが混沌に秩序を与え、魂と身体を備えた生きた知的生命体として宇宙を構築した過程を説きます。彼は宇宙を構成する四元素を幾何学的多面体として数学的に解き明かし、さらに人間の身体構造、感覚や呼吸のメカニズム、心身の病とその治療法までを網羅的に論じます。最後は、魂のあり方に応じた動物たちへの転生のプロセスが語られ、可視的な神としての宇宙の完成をもって言論は締めくくられます。
科学・哲学41 チャンク · §17-18–§91-923,946 対訳文読む →

